KISSIN' DYNAMITE トリビア 全62件

KISSIN' DYNAMITEにまつわる事実を、出典付きで62件掲載しています。

Trivia

日本デビューは2作目『Addicted To Metal』だった。ユニバーサル ミュージック ジャパンのディスコグラフィーによれば、日本盤は2010年7月7日、品番TOCP-66957、税込2,619円で発売されている。デビュー作『Steel Of Swabia』は日本では発売されておらず、日本の店頭に最初に並んだKISSIN' DYNAMITEのアルバムは、彼らにとっての2枚目だったことになる。

出典: ユニバーサル ミュージック ジャパン 公式ディスコグラフィー

その願いは半年余りで叶っている。2012年11月10日の公式告知で、『Money, Sex & Power』ツアーがワールド・ツアーになったこと、そして締めくくりが日本の3公演になることが発表された。日程は2013年2月9日 大阪FANJtwice、10日 名古屋アポロシアター、11日 東京クラブ ホリデー新宿である。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2012年11月10日)

『Generation Goodbye』の日本盤は、キングレコードがKICP-1787として国際盤に先駆けて発売した。税込2,860円、ボーナス・トラックとして「All Are Equal」を追加した全12曲で、キングレコードの商品ページはプロデューサーをGate StudiosのMiro Rodenbergと明記している。

出典: キングレコード 商品ページ(KICP-1787)

2度目の来日までは11年空いた。バンドは2024年5月21日に「11年ぶりに日本へ戻る」と告知し、日本のレーベルはその日程を2024年11月17日 大阪THE LIVE HOUSE soma、11月18日 東京Shibuya WWWと案内している。日本盤『Back With A Bang!』はアヴァロンからMICP-11894として2024年7月3日に出た。

出典: アヴァロン・レーベル(マーキー)『Back With A Bang!』ページ

「Queen Of The Night」のミュージック・ビデオは東京で撮られている。2025年5月9日の公式サイトによれば、フロリダとブラジルから戻った直後の彼らはこの曲をワールド・ツアーの記憶と重ねており、なかでも東京の街の規模に強く心を掴まれたため、渋谷スクランブル交差点と都心の情景を映像に収めることにしたという。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2025年5月9日)

5作目『Generation Goodbye』のジャケットには、ファンの名前が入っている。2016年4月28日にアートワークを公開した際、バンドはFacebookの投稿を公開シェアしてコメントした人の中から選び、ジャケット上の「◯◯があなたをつつきました」という表示の名前部分に採用すると告知した。SNSの通知画面を模したデザインを、実在するファンのアカウント名で埋めるという趣向である。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2016年4月28日)

『Ecstasy』のデラックス・エディション・ボックスには、ドラマーのアンディ・シュニッツァーが書き下ろしたバンドの伝記本『A road paved with gold』が入っていた。ボックスにはこのほか限定デジパックとインストゥルメンタルCD、バンダナが同梱され、アナログ盤は色違いで4種類、それぞれ500枚・500枚・200枚・100枚の限定生産だった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2018年5月14日)

2018年9月19日、バンドはメタル・ハマー・アワードの「Best German Band」を受賞したことを公表した。5年前に「up and coming」でノミネートされた同じ賞で、今度はドイツを代表するバンドとして名前が呼ばれたことになる。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2018年9月19日)

シュニッツァーの脱退から2週間余り、ファンの間では解散も囁かれていた。2021年3月11日、残る4人は活動継続を宣言し、予定していた公演も全て行うと書いたうえで、後任のドラマーはまだ決まっていないと正直に付け加えた。その声明の最後の一行は、これは道の終わりではない、という宣言だった。次のアルバムのタイトルは『Not the End of the Road』になった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2021年3月11日)

ヴァッケン・オープン・エアとの関係は、客としての一日から始まっている。バンドは2022年8月10日、初めてヴァッケンを訪れたのは2008年、まだティーンエイジャーだった頃で、2022年にはメイン・ステージに立つために戻ってきた、と書いている。14年の差である。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2022年8月10日)

2024年7月12日、『Back With A Bang!』がドイツのオフィシャル・アルバム・チャートで1位を獲得した。バンドはその賞をファンに捧げ、ロックは死んでいないと書き、17年間そばにいてくれたファンに向けて、このトロフィーはその道のりの結果なのだと述べている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2024年7月12日)

2025年9月17日、ハネス・ブラウンはKISSIN' DYNAMITEのヴォーカリストを退くことを公表した。彼はまずバンドは解散しないと断り、自分もバンドに残ると書いたうえで、およそ20年、1,000本を超える公演を経てステージを降りる理由を健康に置いている。負担なのはステージ上の90分ではなく、移動と睡眠不足、そしてツアーの日常が持つ重圧のほうだ、というのが彼の説明である。以後もソングライターとプロデューサーとして、自らの言葉を借りれば船長として残る。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2025年9月17日)

2026年の同名作は、バンド自身のレーベルからの第一弾になる。前作『Back With A Bang!』はオーストリアの大手メタル・レーベルから出たが、9作目は完全な自主運営で、レーベル名はDynamite Recordsという。ハネス・ブラウンは理由を一言では語らず、自分たちは働くことを厭わないし、全体を最大限見通したいし、それを自分たちでやれると信じている、と説明している。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

再録音の7曲には、20年の活動で縁のできた面々が呼ばれている。初期の代表曲「Out in the Rain」にはスウェーデンのAMARANTHEが加わり、地元シュヴァーベンを歌った「Steel of Swabia」にはPRIMAL FEARのラルフ・シーパーズが参加、さらにDRAGONFORCEのサム・トットマンが長大なギター・ソロを寄せている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

バンド名はAC/DCの曲名から取られている。ギタリストのジム・ミューラーが2012年に日本の媒体から初めて受けた取材で明かしたところによれば、当時のメンバーはかっこいいバンド名を探して議論を重ねていた。その議論の最中にドラマーのアンディ・シュニッツァーの携帯電話が鳴り、着信音がAC/DCの「Kissin' Dynamite」だった。決め手はそれだけで、ミューラーはこの偶然を魔法のような瞬間だったと振り返っている。同曲はAC/DCの公式サイトが1988年作『Blow Up Your Video』の収録曲として掲げているナンバーである。

出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller)

初来日の東京公演は映像で丸ごと残っている。2013年5月27日、バンドは自分たちのYouTubeチャンネルに東京でのフル・ショウを上げたことを公式サイトで告知した。ドイツのバンドが日本での1公演を全編公開するのは当時としては珍しく、初来日が彼ら自身にとっても記録に値する出来事だったことがうかがえる。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2013年5月27日)

その2012年の取材は、ミューラーにとって日本のメディアからの取材そのものが初めてだった。彼はその中で、一度は日本で演奏したい、必ず実現させたい、あとは時間の問題だと語っている。前年に他のバンドから聞いた話が理由で、どのバンドの人間も日本が世界で一番だと言った、というのがその根拠だった。

出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller/2ページ目)

ハネス・ブラウンは2025年9月にファンへ宛てた長文の中で、バンドの結成を2007年とし、その前の5年間は「The Blues Kids」名義で活動していたと書いている。同じ文章で、12歳の頃にアンデとシュテファンと3人で「本当に大きなステージへ行こう」と誓ったこと、当時はツアーもチャートも大会場も、そしてグルーピーまでもが夢のリストに入っていたことを明かしている。

異説あり出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2025年9月17日)

アンディ・シュニッツァーは2021年に脱退を告げた文章の中で、この道のりが「ちょうど20年前、校庭の古い木のベンチの上でジムと始まった」と書いている。つまり彼にとってのバンドの起点は、KISSIN' DYNAMITEという名前が決まるよりも前、学校の休み時間にあったことになる。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2021年2月24日)

日本のレーベルが公式バイオに残している記録によれば、決定打は4曲入りのデモCDだった。2007年12月にそのデモが業界関係者の手に渡り、若い彼らの進路が定まる。翌2008年7月18日に出たデビュー作『Steel Of Swabia』の時点で、メンバーの平均年齢は17歳だった。

出典: ユニバーサル ミュージック ジャパン 公式バイオグラフィー

ジャーマン・メタル界の重鎮ウド・ダークシュナイダーは、フェスでの彼らの人気を見て2009年12月に自分のツアーのサポートに起用した。その縁は録音にも及び、2010年3月26日にドイツで出た2作目ではウドがゲスト・ヴォーカルとして参加している。

出典: ユニバーサル ミュージック ジャパン 公式バイオグラフィー

『Money, Sex & Power』は2012年4月3日にドイツのオフィシャル・チャート50位に入った。公式サイトに残っているチャート報告としてはこれが最も古く、以降の作品でも順位が出るたびに同じ調子の短い報告が並ぶことになる。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2012年4月3日)

2012年6月20日、彼らはバンベルクでMÖTLEY CRÜEとスラッシュのサポートを務めた。公式サイトの告知は前日に出たもので、文面は喜びの叫びだけで構成されている。ミューラーが少年期に父親のレコード棚で見つけて夢中になったバンドの一つが、この日の主役だった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2012年6月19日)

2013年4月18日、バンドはメタル・ハマー・アワードの「up and coming」部門にノミネートされたことを公表した。公式サイトにこの年の受賞報告は残っていない。同じ賞で彼らの名前が呼ばれるのは、この5年後、別の部門でのことになる。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2013年4月18日)

2013年、バンドはヨーロッパカーが実施したツアーバスをかけた投票企画に参加している。優勝はMarrokで、KISSIN' DYNAMITEはバスを手にできなかった。それでもバンドは、危なげなくトップ3に入れたこと自体がファンの強さの証明であり、それこそが最大の賞だという言い方で結果を受け止めている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2013年4月15日)

2015年6月16日、バンドは未発表曲「In the Eye of the Shitstorm」を無料配布した。条件はニュースレターの購読だけで、アルバムにもシングルにも紐づかない単独の配布だった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2015年6月16日)

同じ告知は『Generation Goodbye』の形態も明かしている。通常盤は新曲11曲、これにボーナスCDとDVDを付けたデジパック仕様、さらに凝ったアルミ製ボックスに多数の特典を詰めた数量限定のファン・ボックスが用意された。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2016年4月28日)

『Generation Goodbye』は2016年7月20日、ドイツで14位、スイスで59位を記録した。2018年に『Ecstasy』が7位に入るまで、この14位がバンドの最高位だった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2016年7月20日)

初のライヴ作品は、要望に押されて決まっている。2016年9月22日の告知でバンドは、ライヴDVDを望む声が繰り返し届いていたので、その年のシュトゥットガルト公演を撮ることにした、と書いている。撮影対象の公演を先に決めてから告知したのではなく、告知そのものが「この日に来てほしい」という呼びかけだった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2016年9月22日)

2017年5月5日、バンドは初のライヴ・アルバムを発表した。その告知はここまでの歩みを、バンド歴10年、世界発売されたスタジオ作5枚、数え切れないほどの国内外の公演、と3つの数字で要約している。『Generation Goodbye - Dynamite Nights』は同年7月14日に発売され、DVDまたはBlu-rayに2枚組CDのデジパックが付く形をとった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2017年5月5日)

そのライヴ作品の予約特典は、賞品というより訪問だった。バンドは予約者の中から1人を選び、発売の1週間前にその人の家のリビングへ行って一緒にDVDを観る、という企画を告知している。応募条件はFacebookの投稿へのいいね、公開シェア、そしてコメントで友人を1人以上タグ付けすることだった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2017年5月5日)

『Generation Goodbye - Dynamite Nights』は店頭に並ぶ前に映画館で流れている。2017年5月29日の告知によれば、発売6日前の7月8日にミュンヘンのBackstage Clubの野外シネマで先行上映が行われ、バンド自身も同席した。上映機会はこの一度きりだと明記されている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2017年5月29日)

2018年4月24日、バンドはメタル・ブレイドとソニー・ミュージックとの契約を自分たちのサイトで発表した。10日後にメタル・ブレイド側が出した公式発表はもう少し細かく、ドイツ・オーストリア・スイスの3か国はソニー傘下のコロムビアが、それ以外の地域はメタル・ブレイドが受け持つ体制だと説明している。

出典: Metal Blade Records 公式ニュース(2018年5月4日)

『Ecstasy』をプロデュースしたのはバンドのシンガー、ハネス・ブラウン本人である。メタル・ブレイドの発表はこの作品を、荒削りでエネルギーに満ちた初期の姿へ立ち返りつつ、11年のキャリアの転換点でもある1枚だと位置づけている。

出典: Metal Blade Records 公式ニュース(2018年5月4日)

メタル・ブレイドのアーティスト・ページは、このバンドの分業をはっきり書いている。歌詞の主たる書き手はドラマーのアンドレアス・シュニッツァーで、曲の主たる書き手はシンガーのハネス・ブラウンである。シュニッツァーは同ページで、車輪を再発明する必要も曲に複数のメッセージを込める必要も無い、と自分たちの方針を説明している。

出典: Metal Blade Records アーティスト・ページ

メタル・ブレイドのアーティスト・ページは、彼らのツアー生活を美化していない。ヨーロッパ、日本、ウクライナを何か月も回り、選択肢が無ければ空港やクラブの楽屋で眠る——ロサンゼルスの夢物語とは無関係な、実際のロック・ミュージシャンの生活として書かれている。同ページはまた、キャリアがメジャー契約とU.D.O.とのヨーロッパ・ツアーから始まったことにも触れている。

出典: Metal Blade Records アーティスト・ページ

『Ecstasy』は2018年7月25日、ドイツのオフィシャル・チャート7位に入った。バンドはこれを自己最高位と書き、同時にスイス30位、オーストリア52位も報告している。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2018年7月25日)

レーベル移籍後、彼らはヘッドライナーの座を一度降りている。2018年10月26日から、POWERWOLFのヨーロッパ・ツアーにスペシャル・ゲストとして16公演同行した。メタル・ブレイドはこれを移籍後最初のツアーとして発表しており、同社のアーティスト・ページは、複数回のヘッドライナー・ツアーを経たあとで再びスペシャル・ゲストに回るのだと書いている。

出典: Metal Blade Records 公式ニュース(2018年5月4日)

POWERWOLFとのツアーが終わった2018年12月18日、バンドはPOWERWOLFの「Let There Be Night」のカヴァー映像を公開した。バンドは公式サイトで彼らを「友人」と呼んでいる。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2018年12月18日)

2019年9月13日、バンドはシングル「Cadillac Maniac」を公開した。ゲストはドイツのロカビリー・カヴァー・バンド、The Baseballsで、バンドは自分たちが楽しんだのと同じだけ楽しんでほしい、という言い方で映像を送り出している。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2019年9月13日)

2021年1月11日、バンドはオーストリアのレーベル、ナパーム・レコーズとの契約、およびブッキングをコブラ・エージェンシーに委ねることを発表した。告知は #bringbackstadiumrock というハッシュタグで締められている。同じスタジアム・ロックを取り戻せという一句は、3年前にメタル・ブレイドが彼らとの契約を発表したときの書き出しでもあった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2021年1月11日)

2021年2月24日、ドラマーのアンディ・シュニッツァーが自身の署名入りの文章で脱退を公表した。彼はまず、別れが敬意ある雰囲気の中で行われたことへの感謝を述べ、そのうえで、時間の経過とともに互いが離れすぎ、本質的な事柄についても同じ言葉が通じなくなった、という理由を挙げている。バンド側はこの文章の末尾に、20年間への感謝だけを短く添えた。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2021年2月24日)

後任が決まったのは2021年7月6日である。バンドは新しいドラマーがゼバスティアン・ベルクであることを告知し、最初のリハーサルが素晴らしかったこと、夏の公演が待ちきれないことを短く伝えている。空席のまま夏を迎える寸前の発表だった。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2021年7月6日)

2021年11月5日、バンドはチャリティ・シングル「Good Life」の映像を公開した。参加したのはSALTATIO MORTIS、シャルロット・ウェッセルズ(元DELAIN)、ゲルニカ・マンシーニで、商業的に得た収益は全額テュービンゲンの小児がんクリニックに寄付されると告知されている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2021年11月5日)

『Not the End of the Road』は2022年2月4日、ドイツのオフィシャル・チャート2位に入った。バンドはこれを当時の自己最高位として喜び、日本のレーベルもこの作品をバンド最大のヒットとして紹介している。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2022年2月4日)

2023年4月8日、バンドはウクライナでの戦争に反対するチャリティ・ソングへの参加を公表した。企画はドイツのラジオ局ROCK ANTENNEとRockers Unitedによるもので、楽曲はストリーミング配信のほか、色違いの数量限定アナログ盤としても出され、ミュージック・ビデオも制作された。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2023年4月8日)

『Back With A Bang!』は、ハネス・ブラウンが自分でプロデュースしている。日本のレーベルはこの点に触れながら、彼がKISSIN' DYNAMITEのヴォーカリストであるだけでなく、BEYOND THE BLACKやVISIONS OF ATLANTISをはじめ数多くのバンドに楽曲提供やプロデュースを行う書き手・作り手でもあることを紹介している。

出典: アヴァロン・レーベル(マーキー)アーティスト・ページ

『Back With A Bang!』の1曲目にして先行シングルの「Raise Your Glass」は、バンド自身の始まりを振り返り、ここまで来られた自分たちと、これからも進み続ける自分たちに乾杯しよう、という内容だと日本のレーベルが説明している。ドイツ1位を報告した公式ニュースも、最後の一行でファンにグラスを掲げようと呼びかけて締めくくられている。

出典: アヴァロン・レーベル(マーキー)アーティスト・ページ

退く前に叶える夢が一つ残っていた。ブラウンは12歳の頃から自分のバンドでアリーナ公演をやることを夢見ていたと書き、それを最後の目標に据えた。「THE BIG GOODBYE ARENA SHOWS」は2026年9月19日ノイウルムratiopharm arena、9月26日ハンブルクInselpark Arena、10月3日ケルンPalladiumの3公演で、バンドの公式サイトはいずれも収容4,000〜5,000人規模、すでに完売間近だとしている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2025年9月17日)

9作目がバンド名と同じタイトルになった理由は、アンデ・ブラウンが説明している。この作品は自分たちの始まりを取り上げ、物語を先へ続けると同時に、KISSIN' DYNAMITEとして知られてきた一つの時代を閉じる——ハネスが歌う最後のアルバムだからだ、というのが彼の言い分で、だからタイトルは『KISSIN' DYNAMITE』しかないとすぐに決まったという。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

9作目のジャケットは、バンド名をそのまま絵にしている。真っ赤な唇が同じく真っ赤なダイナマイトに口づけている図で、バンドの公式サイトはこれをバンド名とアルバム名の両方の絵解きだと説明し、Tシャツや鞄、車にそのまま乗る図柄として想像できるとまで書いている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

9作目は新曲だけでできていない。新たに書かれた6曲に、最初の2枚から選ばれた7曲の再録音が加わる構成で、ハネス・ブラウンはその理由の一端を、2008年と2010年にあの2枚を録ったときの自分はまだ声変わりもしていなかった、という言い方で説明している。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

同じ作品で「Lie for Me」は焚き火のような編成に組み直され、LEAGUE OF DISTORTIONのアンナ・ブルンナーとハネス・ブラウンのデュエットになった。バンドの公式サイトは、2人が長年公私を共にしていることを明かしたうえで、だからこの曲の語る恋愛が個人的で嘘が無いものになっている、と説明している。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

9作目の新曲は、終わりと再出発という主題を歌詞の側でも受けている。公式サイトによれば、「I Salute You」はフロントマンからファンへの別れの挨拶として読める曲で、バグパイプの響きとSALTATIO MORTISの参加が重々しい行進をつくる。「The Good in Goodbye」は必要になってしまった別れの痛みと、それでも形を変えて続いていくことを歌い、「Nothing Breaks Like a Heart」は空約束とその果ての失恋を扱う。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

9作目が生まれたきっかけは、ファンからの要望だった。ハネス・ブラウンによれば、自分が歌う最後のアルバムを望む声が数多く寄せられ、その願いの中からこの企画の実際の着想が芽を出した。引退の告知が先にあり、作品はそのあとから決まっている。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式サイト BANDページ

ハネス・ブラウンは引退を告げた文章の最後で、若い才能に向けて呼びかけている。自分たちにとってはこの後に新しい時代が始まり、ステージに立つ顔が変わるだけだと書き、名乗り出て連絡してほしいと結んだ。後任のヴォーカリストの公募である。

出典: KISSIN' DYNAMITE公式ニュース(2025年9月17日)

ミューラーの説明では、KISSIN' DYNAMITEは1つのバンドではなく2つのバンドが合流してできている。全員が10歳前後でそれぞれの楽器を始め、ハネスとアンデのブラウン兄弟が組んだバンドと、アンディ・シュニッツァーとミューラーが組んだバンドが同時期に並走していた。ブラウン兄弟の側にシュテファン・ハイルが後から加わり、2つのバンドが合わさって現在の5人になった——ミューラーはその合流を2006年のこととして語っている。

異説あり出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller)

ミューラーがギターを持つに至った瞬間ははっきりしている。10歳のとき、放課後にアンディ・シュニッツァーがAC/DCのDVDを見せてくれた。ステージで演奏するアンガス・ヤングを見て、自分が人生で何をやりたいかを完全に確信したという。世の中にAC/DC以外のバンドも存在すると気づいたのはその2年後で、以降は父親の古いレコード棚を漁り、MÖTLEY CRÜE、IRON MAIDEN、JUDAS PRIEST、ACCEPTに夢中になった。

出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller)

デビュー作のタイトル『Steel of Swabia』の「Swabia」は、バンドの出身地であるドイツ南西部シュヴァーベンの英語名である。ミューラーは地元のメタル人気について、若者のおよそ半分はAC/DCを知っている、2012年の話としてはかなり多い方だろう、と冗談めかして語っている。

出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller)

3作目『Money, Sex & Power』は、彼らが自分たちの型を決めた作品にあたる。ミューラーは、最初の2枚は自分探しのようなもので決まったスタイルが無かったと認めたうえで、どのバンドにも自分たちは何者でどこへ向かうのかを問う時期があると語り、2年かけて出した答えが「SLEAZEMETAL」という自称だったと明かしている。

出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller)

『Money, Sex & Power』の曲順にバランスを考えた形跡は無い。ミューラーによれば、手元に50ほどの曲やアイデアがあり、そこから良いものを選んだだけだという。良い曲が十分にあれば退屈なアルバムにはならない、という彼の説明はそれ以上でも以下でもない。

出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller)

表題曲「Money, Sex & Power」の題材は、当時ニュースを埋めていた政界のスキャンダルである。ミューラーはドミニク・ストロス=カーンとシルヴィオ・ベルルスコーニの名前を挙げ、ベルルスコーニのパーティーに向けた皮肉として書いたと説明している。歌詞に出てくるのは誇大妄想的な実業家で、この世で大事なのは金と性と力だけだと言い切る人物だという。

出典: 激ロック インタビュー(Jim Müller/2ページ目)