DARK TRANQUILLITY TRIVIA

Trivia

マルティン・ブレンドストレムがバンドに加入して最初に行った国は日本だった。彼は2024年8月の激ロックの取材で、それが超エキサイティングな体験だったと振り返り、日本がすごく恋しい、また行けるのをとても楽しみにしていると語っている。同じ取材の時点で前回の来日は2015年の LOUD PARK、つまり9年前であり、行くチャンスを常に狙っている、新しいメンバーもいの一番に日本に行くのかと言っていた、とも述べていた。

出典: 激ロック

2025年3月10日の渋谷CLUB QUATTRO は超満員だった。激ロックのライヴ・レポートによれば、この日の東京公演は LOUD PARK 15 以来およそ10年ぶりで、『Endtime Signals』のアートワークをモチーフにしたVJとともに「The Last Imagination」で幕を開けた。ミカエル・スタンネは「長い間待たせてしまってすまない。代わりに今日は全てを演奏するよ——できる限りね」と冗談を言い、本編は「Therein」で締められた。アンコールは「The Wonders At Your Feet」「Lost To Apathy」「Misery's Crown」の3曲である。

出典: 激ロック

DARK TRANQUILLITY と IN FLAMES は、デビュー作で歌い手を交換している。1993年の1作目『Skydancer』でマイクを取っていたのは、のちに IN FLAMES のフロントマンとなるアンデシュ・フリーデンだった。そして翌1994年の IN FLAMES のデビュー作『Lunar Strain』で歌っていたのが、DARK TRANQUILLITY のミカエル・スタンネである。スタンネはこの関係について、二組は今も切り離せないし、いまだに混同の種になっている、と語っている。

出典: Blabbermouth.net

「イェーテボリ・サウンド」という呼び名を、当のバンドは歓迎していなかった。ミカエル・スタンネは、最初はいくらか侮辱として受け取った、と述べている。彼の説明によれば、当時のイェーテボリは小さな町で、AT THE GATES や IN FLAMES のメンバーとは十代からの友人であり、近所に住み、同じ時期に同じスタジオで録音していた。だからひとまとめにされる理由は分かる。ただ、どのバンドも互いに違うもの、独自のものであろうと必死になっていたところへ、それは一つの「サウンド」だと言われたのだという。

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ミカエル・スタンネがヴォーカルを務めた最初の DARK TRANQUILLITY のスタジオ録音は、1994年3月に作られたプロモ音源である。バンドの説明によれば、これはごく少数のテープ・トレーダーとレコード会社にしか送られなかったもので、収録は「Punish My Heaven」「The Gallery」「Away, Delight, Away」の3曲、ギターはフレドリク・ヨハンソンだった。長らく所在が分からなかったこのマスター・テープが見つかったことが、2009年の編集盤『Yesterworlds』の目玉になっている。

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スンディンは脱退を告げる文章の中で、ヴィジュアル面には引き続き関わると書き、しかも今この瞬間に次のアルバムのカヴァー・イラストを描いている最中だ、と述べている。演奏者としての離脱と、作品の見た目を作る人としての継続が、同じ一通の声明の中で語られたことになる。彼はまた、自身のエレクトロニック・プロジェクト MITOCHONDRIAL SUN がその前の月にデビュー・アルバムを出したことにも触れている。

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アモットの脱退を伝えるバンドの声明には、変わらないものについての一節がある。ステージに新しい顔があっても、この大家族の多くは同じままだ——ニクラス・スンディンは今もバンドのヴィジュアルの調子を決めているし、マルティン・ヘンリクソンは今もマネージャーである、と。楽器を置いた二人の創設メンバーが、それぞれ別の役割でバンドの内側に残り続けているということになる。

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ユーヴァルプの脱退を伝えるミカエル・スタンネの文章には、細かいが忘れがたい一行がある。ユーヴァルプは結成のときからそこにいて、やがて自分たちのものになるサウンドを作るうえで欠かせない存在だった。そして、20年前のイスタンブールでのある一晩を例外として、バンドの発足以来すべての公演で叩いてきた、というのである。

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「One Of Us Is Gone」は、DARK TRANQUILLITY が初めて生のストリングスを起用した曲である。マルティン・ブレンドストレムの説明によれば、打ち込みではなく本物の弦を入れたいと思った彼はイェーテボリ交響楽団に連絡を取り、チェロ奏者に会った。その奏者が求めているアレンジを理解して弦楽四重奏を組んでくれ、それを録音したのだという。自分たちの曲をあれほどの腕前の奏者が弾くのを目の当たりにするのはとてもエキサイティングだった、と彼は振り返っている。

出典: 激ロック

「One Of Us Is Gone」はフレドリク・ヨハンソンへの追悼曲である。ヨハンソンは1999年、『Projector』のあとにバンドを離れたギタリストで、2022年に亡くなった。マルティン・ブレンドストレムの説明によれば、ヨハンソンは癌との闘病の間も曲を作り続けており、自分たちに「好きに使ってくれ」と素材を渡していた。彼の死後にあらためて聴き直したとき、強い感情のこもった曲があってそれに惹かれ、取り組んで完成させたのがこの曲だという。歌詞を書いたのはミカエル・スタンネで、内容はヨハンソンについてである。

出典: 激ロック

『Endtime Signals』の発売日8月16日は、狙って選ばれた日付である。この日はドイツのディンケルスビュールで開かれる Summer Breeze でのバンドの出番と重なっており、発売を祝う場としてステージ上で新作のリリースを迎える、というのがその意図だった。マルティン・ブレンドストレムの言い方によれば、ステージに上がるときはまだアルバムは出ておらず、降りるときには出ている。この作品はバンドの13作目であり、Century Media との10作目にあたる。

出典: Blabbermouth.net

2008年2月、DARK TRANQUILLITY は THE HAUNTED と共に日本を回っている。激ロックがミカエル・スタンネと THE HAUNTED のピーター・ドルヴィングに同席で取材したのは東京公演の日で、大阪と名古屋の公演はすでに終わっており、東京がジャパン・ツアーの最終日だった。スタンネはこの取材で、日本公演はいつも最高だと答えている。今回は時間がなくてどこにも行けなかった、とも語った。

出典: 激ロック

2010年の『We Are The Void』の日本発売に合わせて、それまで日本では出ていなかったライヴ・アルバム『Where Death Is Most Alive - Live In Milan』も発売された。ニクラス・スンディンは激ロックの取材で、ミラノでの公演について、イタリアの観客は素晴らしく節度があって連帯感を感じると答え、ミラノは観光地としてだけでなくメタル・シーンとしても健全な街で、ライヴDVDを収録するには絶好の場所だったと語っている。

出典: 激ロック

2024年11月21日、DARK TRANQUILLITY の10年ぶりの来日公演が発表された。日程は2025年3月10日の渋谷CLUB QUATTRO と3月11日の梅田CLUB QUATTRO の2本で、いずれもオープン18時・スタート19時、スタンディング9,000円(ドリンク代別)だった。オフィシャル先行の受付は発表の6日後まで、一般発売は12月7日である。

出典: 激ロック

2025年の来日公演では、『Fiction』収録の「Empty Me」が演奏された。激ロックのレポートによれば、この曲は難易度が高く、現在の体制になるまでライヴで演奏できなかったのだという。また、近年までほとんどプレイされていなかった「Cathode Ray Sunshine」では、叙情的なイントロから自然とシンガロングが起きた。このツアーではクリスティアン・ヤンソンの代わりに THE UNGUIDED のヨナタン・トーペンベリがベースを弾いている。

出典: 激ロック

『Endtime Signals』の日本盤は Sony Music Japan International から、品番 SICP-6611、税込2,860円で発売された。激ロックが載せた日本盤の曲目は14曲で、末尾の2曲は「Zero Sum」と「In Failure」である。Blabbermouth によれば国際盤の標準CDは12曲、限定デジパックが12曲+ボーナス2曲という構成なので、日本盤はボーナスを含む側の曲数と一致する。

出典: 激ロック

バンドの公式サイトが示す編成は6人である。ミカエル・スタンネ(ヴォーカル)、ヨハン・レインホルツ(リード・ギター)、ペーテル・リセ・カルマルク(リズム・ギター)、マルティン・ブレンドストレム(エレクトロニクス)、クリスティアン・ヤンソン(ベース)、ヨアキム・ストランドベリ・ニルソン(ドラム)。同じページには機材の公式サポートを受けている社の一覧もあり、Caparison Guitars、EBS、Moog、Sequential、Dunlop、Elixir Strings などが並んでいる。

出典: DARK TRANQUILLITY 公式サイト

『Projector』は、バンドと Century Media の長い関係が始まった作品である。公式サイトはこの作品について、Century Media との長年の関係を始めたアルバムであり、同時に、スウェーデンのグラミス賞に初めてノミネートされた D.T. の作品でもあると記している。25周年のヴァイナル再発は3種類の仕様で11月1日に発売された。オリジナルは Studio Fredman でフレドリック・ノルドストレムと録音されたもので、再発用の2024年ヴァイナル・リマスターは Unisound のダン・スワノーが手がけている。

出典: DARK TRANQUILLITY 公式サイト

デビュー作『Skydancer』と1995年のミニ・アルバム『Of Chaos And Eternal Night』は、Dusktone からCDで再発された。公式サイトの告知によれば、デジパックCDに加えて、ロゴのピン、パッチ、フライヤーの復刻を収めた木製のコレクターズ・ボックスも用意され、長く途絶えていたデジタル配信とストリーミングにもようやく戻ることになった。発売日は9月26日である。

出典: DARK TRANQUILLITY 公式サイト

『Character』の20周年に、バンドは変わった記念品を作った。公式サイトの告知によれば、ひとつは2005年から2006年の Character World Tour で使っていたバックドロップから切り取ったパッチを付けたキャップで、もうひとつは同じバックドロップの切れ端そのもの——額装できる形で売り出された。文章はミカエル・スタンネとマルティン・ヘンリクソンの連名で締めくくられており、ステージで楽しんでいると時間が本当に速く過ぎる、と書き添えられている。

出典: DARK TRANQUILLITY 公式サイト

バンドの公式サイトのディスコグラフィは、フル・アルバムだけを並べている。1993年の『Skydancer』から2024年の『Endtime Signals』まで13作で、EPやミニ・アルバム、シングル、ライヴ盤、ブートレグ、編集盤の全体像については Discogs を見てほしい、と断り書きが添えられている。当サイトが持つ13作の一覧も、この公式の並びと一致する。

出典: DARK TRANQUILLITY 公式サイト

スタンネが「イェーテボリ・サウンド」の話をするとき、彼自身が引き合いに出す作品は3枚ある。DARK TRANQUILLITY の『The Gallery』、AT THE GATES の『Slaughter Of The Soul』、IN FLAMES の『The Jester Race』である。彼の説明によれば、この3枚は同じスタジオで録音された。当時ツアー先の会場で「true Gothenburg-style metal」と書かれたフライヤーを見かけて、何が起きているのか分からなかったという。

出典: Blabbermouth.net

創設メンバーのギタリスト、ニクラス・スンディンは2020年3月にバンドを離れる際、30年を振り返る文章を出している。彼はそこで、自分たちは音楽の知識を何も持たない十代のときに D.T. を始めた、と書いた。そして、その曲が世界中へ自分たちを運び、メタルの新しいサブジャンルの確立を助け、複数のグラミス(スウェーデンの音楽賞)ノミネートをもたらしたと述べ、それ以上に、世界中の人々の人生に前向きな影響を与えたことのほうが重要だ、と続けている。

出典: Blabbermouth.net

『Yesterworlds』には、Studio Fredman で録った最初の音源も入っている。バンドの説明では、それは1994年に Wrong Again Records から出た「W.A.R. Compilation Vol. 1」に収められた「Punish My Heaven」で、『The Gallery』のアルバム・ヴァージョンよりいくらか速く、制御の効いていない演奏だという。同じ編集盤には1991年のデモ「Trail Of Life Decayed」と1992年の7インチEP「A Moonclad Reflection」も収められている。

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2009年5月25日、『Projector』『Haven』『Damage Done』の3作がボーナス素材つきのスリップケース仕様でヨーロッパで再発された。Century Media からのリリースで、新しいレイアウトとデザインはギタリストのニクラス・スンディンが手がけ、詳細なライナーノーツも付いている。3作にはそれぞれ、同じ年に出る予定だったDVD『Where Death Is Most Alive』から1曲ずつが独占ボーナスとして収められた。バンドは、前年の『Fiction』再発と同じく、それぞれのスタジオ・セッションで録音された素材をすべて収めたと説明している。

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ニクラス・スンディンは、自分にとって一番好きでない DARK TRANQUILLITY のアルバムは『Haven』だと語ったことがある。ドイツ版 Metal Hammer の取材でのことで、彼は理由として、ところどころ安全に寄りすぎていること、静と動の対比をもっと大きくできたはずであること、ミドルテンポの素材の一部が自分の好みではないことを挙げている。ただし同じ発言の中で、自分たちはいつもその時点で重要だと感じたアルバムを作ってきたのだから、何かを変えたいとは言えない、とも述べている。

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2026年8月22日、地元イェーテボリの Frihamnen で行われた Göteborg Brinner フェスティバルで、ミカエル・スタンネが IN FLAMES のステージに上がった。歌ったのは「Behind Space」。1994年の IN FLAMES のデビュー作『Lunar Strain』の収録曲で、そのアルバムで歌っていたのがスタンネ本人である。この日はアンデシュ・フリーデンとヴォーカルを分け合った。スタンネは翌日、フリーデン、そして同じステージにゲスト参加した TRIVIUM のマット・ヒーフィと並んだ写真を自身のSNSに投稿している。

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創設メンバーのギタリスト、マルティン・ヘンリクソンは2016年3月にバンドを離れた。理由として彼が挙げたのは、音楽を演奏することへの情熱を失ってしまったということである。DARK TRANQUILLITY には芸術に100パーセント打ち込めるメンバーがふさわしく、だから自分が身を引くのが全員にとって最善だ、と本人は声明で述べている。同じ文章で彼は、素晴らしい思い出に満ちた26年間と、その間に一緒に作った多くの音楽に感謝している、とも書いた。

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ニクラス・スンディンの脱退は、演奏をやめてから4年近く経ってからの公式発表だった。彼は2016年に家族との時間を優先するためツアーから離れており、『Atoma』のツアー・サイクルが終わって新作の録音が始まろうとしていた2020年3月に、正式に脱退を告げている。本人の説明によれば、自分は演奏そのものよりも創作の過程のほうを常に楽しんできたのであり、アルバムを重ねるごとに大規模なツアーの魅力は薄れていったという。

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ヨハン・レインホルツをバンドに連れてきたのは、彼が代役を務めることになるニクラス・スンディン自身だった。ミカエル・スタンネの説明によれば、スンディンは『Atoma』の時期にツアーをしないと決め、そのとき自分の代役としてレインホルツを推した。スンディンはレインホルツのアルバムのアートワークを手がけたことがあり、彼が素晴らしい人物だと知っていたのだという。レインホルツはイェーテボリから車で数時間のマルメの出身である。

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クリストファー・アモットのほうは、ミカエル・スタンネがずっと目をつけていた相手だった。スタンネの説明によれば、彼が ARCH ENEMY を辞めたと聞いた時点から気にかけており、フリーになってニューヨークに住んでいたところへ、『Atoma』のツアーでアメリカに行った際に、ヨーロッパの夏のツアーを一緒にやらないかと直接声をかけたのだという。二人には最初「今回だけ参加して合うかどうか見てほしい、ツアーごとに関係を更新していこう」と伝えてあり、正式加入の話が出たのは2019年初めにツアーが終わり、新作の曲作りを始めようという段になってからだった。

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クリス・アモットとヨハン・レインホルツが正式メンバーとして発表されたのは2020年3月30日、新作の録音初日その日だった。二人は2017年からツアー・メンバーとして帯同しており、レコーディングに参加するのはこのアルバムが初めてになる。ミカエル・スタンネはSNSの文章で、この不確かな時期にできるのは苛立ちや恐れや不安を音楽と言葉に変えることだけだ、隔離は強い動機になり得る、と書いた上で、二人を正式なメンバーとして紹介している。

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クリストファー・アモットは2023年7月にバンドを離れた。彼は自身のSNSで、悪感情はまったくない、自分がとても誇りに思っている新しい音楽に集中する時が来たのだ、と説明している。数時間後にバンドが出した声明も、彼が自分の音楽の道を進むために離れるのであり、円満な別れだと述べていた。夏の残りの公演には、ジョーイ・コンセプシオンが代役として同行している。

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マルティン・ヘンリクソンがバンドの実務を担っていたことは、彼が辞める前からそうだった。ミカエル・スタンネの説明によれば、ヘンリクソンは昔からメンバーの中で一番まめで、スタジオ・ワークだけでなくツアーや公演のブッキングまで引き受けていた。そちらが第一になり、ギターが二番目になってしまったことが問題になったのだという。脱退後はその実務をフルタイムで、マネージャーとして担当している。スタンネは、退屈なことを全部肩代わりしてくれている、と冗談めかして語った。

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2021年8月13日、DARK TRANQUILLITY はドラマーのアンデシュ・ユーヴァルプとベーシストのアンデシュ・イーヴェシュとの関係を解消した。ユーヴァルプはオリジナル・メンバーで、それまでの全作品で叩いている。イーヴェシュは2016年に加入し、『Atoma』と『Moment』の2作に参加した。以後のツアーで二人の位置に入ったのは、IN MOURNING などで活動していたヨアキム・ストランドベリ・ニルソンと、GRAND CADAVER などのクリスティアン・ヤンソンである。

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2021年にアンデシュ・ユーヴァルプが去ったことで、ミカエル・スタンネはこのバンドに残る最後のオリジナル・メンバーになった。もっとも、マルティン・ブレンドストレムは1999年から在籍している。スタンネはこの状況について、誰かが辞めるのはつらいと認めつつ、今バンドにいる面々には大満足だとも語っている。彼らは情熱があり、昔の自分たちより何でもうまく弾ける、素晴らしいプロフェッショナルだ、というのが本人の言い分である。

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クリスティアン・ヤンソンとヨアキム・ストランドベリ・ニルソンは、最初は助っ人として呼ばれただけだった。マルティン・ブレンドストレムの説明によれば、ヤンソンはイェーテボリ出身で、メンバーとは同年代・同じ地域の出身、しかもミカエル・スタンネと GRAND CADAVER というバンドを一緒にやっていた。ニルソンはヨハン・レインホルツの友人で、二人ともスウェーデン南部の出身、ニルソンは IN MOURNING にいたドラマーである。二人は『Moment』のリリース直後から一緒に演奏を始めており、ライヴを重ねるうちにそのまま残ってもらうことになった。

出典: 激ロック

『We Are The Void』からベースを弾いているダニエル・アントンソンは、SOILWORK を辞めた直後に加わった。ニクラス・スンディンの説明によれば、2008年のうちに前任のミカエル・ニクラソンがツアーへの興味を失っていることがはっきりし、結果として双方が別の道を選んだ。アントンソンは古くからの友人で、しかも優れた演奏家だったので、彼が SOILWORK を離れたときに一緒にやろうという話になったのだという。

出典: 激ロック

リズム・ギターのペーテル・リセ・カルマルクは2024年に加入した。彼はデンマークのバンド HATESPHERE のギタリストでもある。ドラムのヨアキム・ストランドベリ・ニルソンが正式メンバーになったのは2023年で、この二人の加入によって、『Endtime Signals』を出したあとの DARK TRANQUILLITY は6人編成になっている。

出典: 激ロック

イェンス・ボグレンは『Construct』以降のすべてのアルバムに関わっている。マルティン・ブレンドストレムは、作品の質を最後に確認する立場に彼のような人物がいることに感謝している、と語った。ミカエル・スタンネのほうは、彼を「分かってくれる人」と呼んでいる。ヘヴィでギター中心でありながらキーボードで繊細な部分を表現するという自分たちの音楽のバランスを、彼は熟知しているというのがその理由である。

出典: 激ロック

アルバムを締めくくるバラード「False Reflection」の出発点は、ニクラス・スンディンが送ってきた曲だった。マルティン・ブレンドストレムによれば、スンディンは1〜2年前に大量の曲を送ってきて「使いたかったら好きに使ってくれ」と言い、その中に曲の取っ掛かりになる感情があった。ミカエル・スタンネの語るところでは、出来上がるまでスンディンには見せず、デモをいくつか作った段階で送って「これは君が思っていたものか」と尋ねたところ、「そうではないが、見事に仕上げた」という返事だったという。

出典: 激ロック

『Endtime Signals』の曲を書いたのは、マルティン・ブレンドストレムとヨハン・レインホルツの二人である。開始は2022年の終わりで、レインホルツはスウェーデン南部、ブレンドストレムはイェーテボリに住んでいるため、ある週は一方が相手のところへ行き、次の週は逆というやり方を1年続けた。曲作りのセッションは二人が同じ部屋にいるときでなければ成立しないというのが彼の考えで、集まった日は他に何もせず12〜14時間作業したという。

出典: 激ロック

『Endtime Signals』の制作陣は、バンドの内と外に分かれている。プロデュースはマルティン・ブレンドストレムが自身の Rogue Music で、エンジニアリングは Fascination Street Studios のアレクサンデル・バックルンド、ミックスとマスタリングはイェンス・ボグレンが担当した。ジャケットは創設メンバーのギタリスト、ニクラス・スンディンによるものである。

出典: Blabbermouth.net

「Wayward Eyes」のレトロなシンセ・リードは、本物の Minimoog で弾かれている。マルティン・ブレンドストレムはソフト・シンセを使わない主義で、古いアナログ・シンセを多く所有している。彼の言い分では、本物のシンセは調律が要り、きちんと向き合わなければならない代わりに、意図しないことが起きてそこから別の道へ進めることがある。ツマミを回していると、そういうことが起こり得るのだという。

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『Moment』で鳴っているピアノは、マルティン・ブレンドストレムが持っている130年前の楽器である。スウェーデンの小さなメーカー Andersson の製品で、彼が8歳のときに母親が買ってくれたもの、つまり彼が音楽を始めた楽器だという。『Endtime Signals』では、調律すると壊れるかもしれないという理由で調律を断られ、ピアノ用のソフトウェアを使うことになった。調律してもらえるならまた使いたい、と彼は語っている。

出典: 激ロック

『Moment』は2020年11月20日に Century Media から発売された。録音は Nacksving Studios と Rogue Music で、担当したのはマルティン・ブレンドストレム。ミックスとマスタリングは Fascination Street Studios のイェンス・ボグレンである。発売時の形態はデジパック、黒のLP、銀のLP、そしてCDのジュエル・ケースの4種だった。

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『Moment』というタイトルは、もともと仮題だった。ミカエル・スタンネの説明によれば、曲を書きながら全体をまとめる目安として付けた言葉であり、同時に、ニクラス・スンディンがジャケットをデザインするときに参照できる言葉が欲しかったのだという。アルバムの曲はすべて前年の2019年に書き終えていたが、2020年初めにパンデミックが起きたことで、人生に不意に訪れる物事への向き合い方を書いた歌詞が、自分でも予想しなかった意味を帯び始めた。それによってタイトルは思っていたよりずっと痛烈で、意味のあるものになった、と彼は語っている。

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『Moment』の録音は2020年3月末に始まり、パンデミックの下で進んだ。スウェーデンにはロックダウンがなく、スタジオはイェーテボリにあってメンバーの多くは徒歩圏に住んでいる。ミカエル・スタンネの場合は徒歩15分で、制作の間はずっと家かスタジオのどちらかにいたという。ニューヨーク在住のクリス・アモットとマルメ在住のヨハン・レインホルツはイェーテボリのホテルに泊まったが、そこが貸し切り状態だったのが良かった、と彼は振り返っている。夏の発売と夏フェスでの新曲披露という当初の計画が消え、秋のアメリカ・ツアーも消えたことで、締め切りは二度先送りされ、スタジオでの時間はそのぶん長くなった。

出典: 激ロック

『Moment』のジャケットには、それまでのディスコグラフィになかった暖かい色彩が使われている。ミカエル・スタンネによれば、これは意図したもので、ニクラス・スンディンのほうからも『Atoma』とは違う感じにしたいと言われていた。デジタルできらびやかなものではなく、もっとアナログで手作り感のあるものが欲しかったため、スンディンには手描きの部分を増やしてもらったのだという。デジタル画面上での手描きではあるが、合成物というよりお絵かきという感じだ、というのが彼の説明である。

出典: 激ロック

新しいギター・チームを迎えた『Moment』で、バンドが最も気を遣ったのは加減だった。ミカエル・スタンネの説明によれば、まず彼とアンデシュ・ユーヴァルプ、マルティン・ブレンドストレムの3人で話し合い、それから他のメンバーの意見を聞いた。30年かけて培ったサウンドを保つことと、二人の技術やスタイルを取り込むことの両方が要る。ソロを考える段になるとヨハン・レインホルツは山ほどアイディアを出し、極めてメロディックなフレーズを弾いたかと思うと突然フル・シュレッドになるので、そこは抑えてもらったこともあったという。レインホルツはこの作品で3曲の作曲にも加わっている。

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『We Are The Void』の制作中の様子は映像として公開されたが、カメラを回していたのは AT THE GATES のアンデシュ・ビョーレルだった。ニクラス・スンディンの説明によれば、自分たちはスタジオでは細かいことにうるさいことで知られており、集中したいので他人を入れるのは最初は妙な感じだったが、ビョーレルは旧友だったのでスムーズに運び、結果としてみな満足したのだという。同じ時期の「Shadow In Our Blood」のビデオでは、演奏シーンを自分たちのリハーサル・ルームで撮っている。家から歩いて10分で着いて、それで終わりだった、と彼は語っている。

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『Atoma』はスウェーデンのアルバム・チャートで2位まで上がった。そして次の『Moment』は、スウェーデンのグラミス賞をバンドにもたらしている。Century Media は『Endtime Signals』を発表する際、この2作の成果を並べて、その延長に新作を置いてみせた。

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『Endtime Signals』という題は、パンデミック明けの実感から出てきた。ミカエル・スタンネの説明によれば、ようやくツアーに戻って人に会えると喜んでいた矢先に、直前に訪れたばかりの国で戦争が始まった。自分たちは何をしているのか、なぜ人を楽しませているのか、それに何の意味があるのかと考え込み、実存的な危機に陥ったのだという。SFで見るようなディストピア的な世界がそう遠くないという感覚から視覚的な方向が決まり、ニクラス・スンディンがジャケットに取りかかり、そこからこの題に行き着いた。自分たちは何かの終わり、当たり前だと思っていたものの終わりに向かって叫んでいる——彼はそう説明している。

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『Endtime Signals』の曲作りについて、ミカエル・スタンネは、マルティン・ブレンドストレムとヨハン・レインホルツがほぼすべてをやったと語っている。レインホルツは『Moment』のときに加わり、バンドの考え方や進め方に馴染むまでしばらくかかったが、そこを越えてからは早かった。新しいやり方で作らざるを得なかったことは挑戦でもあり、同時に解放でもあった、というのが彼の説明である。3人はバンドがどうあるべきかについて統一した像を持っていたため、取りかかるのは楽だったとも述べている。

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クリーン・ヴォーカルが前面に出た『Projector』について、ミカエル・スタンネは、発売当時「彼らは核となるサウンドから離れていくのか」と受け取られたと振り返っている。バンド自身はそう思っておらず、最も分かりやすい道から離れたかった、自分たち自身がイェーテボリ・サウンドに飽きていたのだという。今聴いても良い曲だと思うし、いくつかの扉を開いた——もっと実験してよいのだ、最初の3作には無かった種類のメランコリーを使ってよいのだ、と後の作品につながった、というのが彼の評価である。

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2026年6月、ドイツのゲルゼンキルヒェンで開かれた Rock Hard Festival で、ミカエル・スタンネが次作の進み具合を語っている。曲作りはすでに数か月続いており、帰ったらすぐスタジオに入って書き続けるという。年末までにアルバムを仕上げ、翌年の夏のあとに出すというのが構想で、中心にいるのは自分とヨハン・レインホルツとマルティン・ブレンドストレムだが、初期の段階には他のメンバーも関わっているとのことだった。プレッシャーは常にあるが、時間をかけて何ひとつ運任せにしないためだ、とも述べている。

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ミカエル・スタンネが DARK TRANQUILLITY 以外に活動している場は2つある。THE HALO EFFECT と CEMETARY SKYLINE である。彼の説明によれば、こうした活動は昔からやりたかったことではなく、2019年から2020年にかけて急に「実際にできる」という感覚が生まれたことがきっかけだった。以前は、メロウなものも、エレクトロニックなものも、極端に重いものも速いものもプログレッシヴなものも、自分の好きなものはすべて DARK TRANQUILLITY の中でやれるのだから別プロジェクトは要らない、と言っていたのだという。

出典: Blabbermouth.net