BAND-MAID トリビア 全25件
BAND-MAIDにまつわる事実を、出典付きで25件掲載しています。
Trivia
2024年9月25日に出た全14曲入りのアルバム『Epic Narratives』には、国外のアーティストとの共作が2曲入っている。4曲目「SHOW THEM」はメキシコの3ピース・バンドThe Warningとの共演で、公式の表記も「SHOW THEM / BAND-MAID with The Warning」。6曲目「Bestie」はINCUBUSのマイク・アインジガーとの共作である。
バンド名の由来は、ひねりが無いという意味で徹底している。発案者の小鳩ミクは高校時代からいろいろなバンドのライヴに通っていて、いずれ自分でもやりたいと考えていた。高校卒業後にメイドのアルバイトをしていたときに、バンドとメイドを掛け合わせたら面白いことができるのではないかと思いついたのがきっかけで、名前もそのまま、バンドとメイドをくっつけただけだと本人が説明している。
小鳩ミクがメイドとして働いていたのは、東京だけではない。地元の熊本で初めてやったアルバイトがメイドで、店は「コンセプト・カフェ」という名前だったという。その後、東京でも同じ仕事を続け、通算で3年ほどメイドをやっている。音楽的にはかわいい曲よりロックをやりたかったので、その二つを合わせたら面白いのではないかと考えたのがバンドの発端だった。取材で「本当にメイド喫茶で働いていたのか」と念を押されるのは、本人によればよくあることらしい。
メンバーは横のつながりで一気に決まっている。小鳩ミクが最初に声をかけたのはギターのKANAMI(当時の表記は遠乃歌波)で、彼女がシンガーソングライターとして活動していた頃にアップしていた演奏動画を見たのがきっかけだった。KANAMIは本当はバンドに入ってリードギターを弾きたいと考えていたうえ、高校時代に偶然メイド服を着てバンドをやっていたことがあったため、コンセプトにも抵抗が無かった。そこからKANAMIをサポートしていたドラムのAKANE(廣瀬茜)に、さらにAKANEと一緒に仕事をしていたベースのMISAに声がかかり、リズム隊が埋まった。
ヴォーカルのSAIKIは、メイド服を着ることを知らされないまま加入している。小鳩ミクは、KANAMIには抵抗されなかったがAKANEとMISAには少し抵抗されたという経験から、SAIKIを誘うときはまず音の面から興味を持ってもらうことにして、衣装の件を伏せたのだった。SAIKIが聞かされたのは「ちょっとかわいらしい格好でやる」ということだけで、先に渡された音源が格好よかったので加入を決めている。まさかメイド服ではないだろうと思っていた彼女が事実を知ったのは、楽屋にカチューシャとエプロンが置いてあるのを見たときだった。それでも曲が格好よかったので断ろうとは思わなかったという。
小鳩ミクは、もともとヴォーカルだけを担当していた。バンドは4人編成で始まり、その体制でのライヴは2回ほどしか行っていない。用意していた曲を演奏してみたものの、もっと重い雰囲気のサウンドにしたいと感じた小鳩が、同じ事務所にいたSAIKIの声はBAND-MAIDに合うと確信して声をかけ、結成から約1か月で5人になった。同時に編成もツイン・ヴォーカルとギター2本に変わり、小鳩がギターを持つことになる。理由は自分の声が明るいことで、低めの声のSAIKIと組めばもっとハードにできると考えたからだった。ギターを2本にしたのは、結成時から「メイド姿でかわいい曲では見た目と音がそのままになってしまう」という問題意識がメンバーの間にあったためである。
BAND-MAIDのサウンド像を決めたのは、シングルのカップリング曲だった。自分たちの求める音を模索していた時期に「Thrill(スリル)」ができ、メンバー全員が「この感じだ」と一致したことで、以降はこの曲寄りの楽曲をやっていこうと方向が定まった。それまでのサウンドはハードというよりポップ・ロック寄りで、ドラムのAKANEもこの曲まではツイン・ペダルを使っていなかった。
海外に出るきっかけになったのも同じ「Thrill(スリル)」だった。海外のWebサイト「Jrock Radio」でこの曲のミュージック・ビデオが紹介され、それを気に入ったアメリカのイベント主催者から声がかかった結果、2016年3月にシアトルで開かれた日本文化のコンベンション「SAKURA-CON」への出演が実現し、約3000人の前で演奏している。この紹介の影響は数字にも表れ、Twitterのフォロワーが一気に増え、YouTubeのMVの再生回数も跳ね上がった。小鳩ミクは、この曲がバンドの方向性を決める転機になっただけでなく、そこまでの影響を持つとは思ってもみなかったと振り返っている。
メジャー・デビュー作となったミニ・アルバム『Brand New MAID』は、まだ自分たちだけで作った作品ではない。収録8曲のうち5曲は外部の作家による作詞作曲で、バンドだけで作詞作曲したのは「alone」1曲だけである。作家に依頼する際は、事前にメンバーとスタッフで作品全体の雰囲気を話し合い、それを伝えて候補曲を選ぶという進め方をしていた。この時期に小鳩ミクが挙げた目標が「自分たちで全曲の作詞作曲ができるようになること」だった。
『CONQUEROR』に入っている「The Dragon Cries」は、デヴィッド・ボウイやT.レックスを手掛けたプロデューサー、トニー・ヴィスコンティが手掛けている。実現の経路は本人たちの営業ではない。この曲の作詞をしたトーマス・ケニーがBAND-MAIDを気に入り、昔から親交のあったヴィスコンティに「日本にこんなバンドがいるから一緒にやろう」と持ちかけ、そこからレコード会社にオファーが届いた。あまりの相手に、バンドは最初「騙されているのではないか」と疑い、調べれば調べるほど嘘ではないかと思ったという。ヴォーカルはニューヨークにあるヴィスコンティのスタジオで録音された。ボウイが『Blackstar』を録ったスタジオである。
「The Dragon Cries」は、ニューヨークのスタジオでほとんどその場で作られた。KANAMIのデモはあったものの歌詞がはまらない箇所があり、ヴィスコンティが「ここで歌いながら作ろう」と提案。彼が鼻歌でメロディを出し、トーマス・ケニーがその場で歌詞を付け、小鳩ミクが試しに歌ってみて、はまらなければケニーが考え直し、固まったところでSAIKIが歌う、という手順が繰り返された。結果としてデモと同じなのはサビくらいだったという。BAND-MAIDの曲は楽器の本数が多いのが常だが、この曲はシンプルなほうがいいというヴィスコンティの判断で音数が絞られている。彼がその場でミックスまで手掛けたものを聴いたバンドは、その思い切りの良さに驚き、同じアルバムの「flying high」をこの曲に寄せたミックスにした。
小鳩ミクが歌詞にわざと難しい日本語を使うのには理由がある。歌詞に出てくる漢字を見て日本語を勉強している海外のファンがいることを知り、それが嬉しくて、意識的に難しい語を使ったり、響きの良い言葉を書き溜めておいて使ったりするようになったのだという。着想は本やマンガから得ることが多く、仏教系のマンガから持ってくることもある。
4作目『Unseen World』は、日本クラウンからポニーキャニオンへ移籍して最初の作品である。テーマは「原点回帰」と、それに加えた「現点進化」という造語の二つ。完全生産限定盤は「原点回帰盤」と「現点進化盤」の2枚組になっており、「原点回帰盤」の中身は懐かしい曲の再録ではなく、初期にベテランの作家が書いていたような曲を今の自分たちが作ったらどうなるか、という発想で書き下ろされたものだった。小鳩ミク自身が「原点回帰をイメージした進化」と言い直している。
2021年2月11日に予定されていた日本武道館での単独お給仕は、新型コロナウイルスの影響で中止になった。バンドは同じ日にオンラインお給仕を行っている。この形式は3回目にして初めてフル尺で実施されたもので、視聴は66か国に及んだ。日本とアメリカが多いのは想定内だったが、カナダの人数が伸び、ブラジル、オーストラリア、南アフリカ、さらには行ったことのない国からも観られていた。この数字は海外ツアーの行き先を検討する材料にもなり、以前から行きたいと思いつつファンがいるのか分からなかったカナダについて「行ける」と判断できたとメンバーは語っている。
海外での歩みは2022年から一気に規模が変わった。同年の全米ツアーは動員が2万人を超え、全会場がソールドアウト。11月にはGuns N' Rosesの来日公演でサポート・アクトを務めた。翌2023年は結成10周年ツアーを世界各地で行い、アメリカ・シカゴのグラント・パークで開かれる大型フェス「Lollapalooza」を含む4つの海外フェスに出演。10周年ツアーのファイナルとして、同年11月に横浜アリーナでの単独公演を行っている。
2021年に中止になった日本武道館は、5年越しで2026年に組み直された。「BAND-MAID WORLD TOUR 2026」は3月20日の香港公演で幕を開け、日本、ヨーロッパ、北米、メキシコを回り、ファイナルは11月13日と14日の日本武道館2デイズと発表されている。そしてバンドはこの2日間をもって、2027年はお給仕(ライヴ)活動を小休止することも同時に公表した。バンドはこれを「世界征服に向けた充電期間」と説明しており、その間も制作は続け、結成15周年にあたる2028年に戻ってくる予定である。
2021年、BAND-MAIDはNetflixの映画『Kate』に出演し、ハリウッド・デビューを果たしている。
ベースのMISAは、加入の返事をするのに一晩考えている。もともとThe Smashing Pumpkinsのようなオルタナティヴ系のバンドをやっていた彼女にとってメイド服は迷いどころだったが、ちょうど前のバンドの解散が決まったタイミングで声をかけられたことと、ベーシストであり続けたかったこと、そしてデモ音源が格好よかったことで加入を決めた。
衣装が5人でばらばらなのは、途中からそうなったものである。結成当初はほぼおそろいのメイド服で、サウンドもハードというよりポップ寄りだった。どういうスタイルが自分たちにしっくり来るのかを模索する時期を経て、個性が出たほうが面白いという判断で衣装が分かれていった。ドラムのAKANEは激しく叩くのでロック寄りにスタッズを付け、1人だけカチューシャではなく帽子をかぶっている。ベースのMISAに至ってはメイド服ですらなく、中国風の衣装で、「殺し屋系メイド」と呼ぶ人もいる。
初の海外公演で、バンドはやり方をほとんど変えなかった。現地の観客は日本でのパフォーマンスと同じ内容を望んでいると主催者から聞いていたため、MCはほとんど日本語のまま。自己紹介だけは英語で行った。メイド喫茶の文化を取り入れた「萌え萌え」のコール&レスポンスも、簡単な英語で説明したあとは日本語のまま実施している。返ってきた「モエモエー!」の勢いはすさまじかったという。
『Brand New MAID』の中で異色なのが、ロックのサウンドにジャズのグルーヴを乗せた「Brand New Road」である。バンドとして初めての試みで、疾走感でごまかせない分、わずかなリズムのずれにもシビアになり、レコーディングには時間がかかった。ドラムのAKANEはこの曲のシャッフル感でTOTOを意識し、バスドラムのコンビネーションについてはMISAと相談したうえで、スティングの「Englishman in New York」のベースラインを参考にして組み立てている。MISA自身も、ジャジーなフレーズを考えたのはこのときが初めてだった。
『CONQUEROR』はBAND-MAIDが初めて制作に1年以上をかけた作品である。それまではアルバムを出すことが決まってから曲を作っていたが、それを続けると体が壊れるという話になり、前年あたりから「アルバムとは関係なくコンスタントに制作する」方式に切り替えていた。作品の出し方も、大きなお給仕(ライヴ)が決まったらその前にアルバムを出す、という組み方に変わっている。『CONQUEROR』はまさにその形で、翌年2月のLINE CUBE SHIBUYAでの2デイズが決まったところで、録り溜めていたものを集めて世に出された。KANAMIによれば、その間に聴いていた音楽の影響を受けた曲が並んだため、いい意味で統一感のないアルバムになったという。
『CONQUEROR』に入っている「endless Story」は、横浜アリーナを夢見て作られた曲である。小鳩ミクが2021年の取材でそう明かし、いつかその場所でこの曲を演奏したいという気持ちがあると語っている。
歌詞は長らく小鳩ミクとSAIKIの2人で書いてきたが、その進め方は一緒に机を並べるものではなかった。SAIKIが1行に対して3行ほどの文章を送り、小鳩がそれを1行にまとめる、という形が多かったという。SAIKIが初めて1人で書き上げたのは「Corallium」で、自分がどう歌いたいか、どういう歌詞が気持ちいいかが分かってきた時期に、コロナ禍で時間ができたことと小鳩が忙しかったことが重なって実現した。以降は、デモが届いたらまず2人がそれぞれ歌詞を書いてみて、曲に合うほうを採用する方式になっている。
2026年のヨーロッパ・ツアー初日、ベルリン公演の冒頭でSAIKIのイヤモニにトラブルが起きた。全員のイヤモニにオープニングSEが流れるはずが、彼女にだけ届かない。そこでKANAMIが即興でギター・ソロを弾いて時間を稼ぎ、その間に調整が行われた。トラブルに気付いていたのはモニター担当者とメンバーだけで、他のスタッフは演出を変えたのだと思っていたという。この即興は海外のセットリスト・サイトにも記録が残っており、ベルリン公演に限って1曲目の「DOMINATION」の前にギター・ソロが演奏された、と書かれている。