AVENGED SEVENFOLD トリビア 全177件
AVENGED SEVENFOLDにまつわる事実を、出典付きで177件掲載しています。
Trivia
日本でのデビュー作は3枚目の『City of Evil』だった。ワーナーミュージック・ジャパンが2006年6月7日に品番WPCR-12319で発売し、初回盤にはアルバム・ジャケットのステッカーが封入されている。同じ商品ページの見出しは「サマーソニック06で初来日決定!!」で、日本盤の発売と初来日の告知がひとつになっていた。結成から数えて7年、アルバム3枚目にして、ようやくこの国に正規の窓口ができたことになる。
2012年の日本ツアーは、セットリストを事前のファン投票で決めるという方式で行われた。M.シャドウズは、いつも同じ曲順だと違う曲が聴きたいという声が届くので投票にしてみたと語り、その結果については、結局いつも演奏している曲が選ばれたと笑っている。狙いどおりにはならなかったが、文句を言われるよりずっといい、というのが本人の総括だった。
シニスター・ゲイツは2013年の取材で、日本でのライヴは全部覚えていると答えている。他国との決定的な違いとして挙げたのが、曲と曲の間の完全な静寂だった。その間のMCを客席はじっと聞いていて、10秒後に次の曲が始まった途端に爆発する。こんな国は他にない、そこには絶対的なリスペクトを感じる、というのが彼の言葉である。
2026年9月30日、SGC HALL ARIAKEでの公演が発表された。2014年のサマーソニック以来、12年ぶりの来日である。日本の舞台に初めて立ったのは2006年のサマーソニックだったから、この国との付き合いは20年になる。デビューから25年という節目の年に、間隔の空いた再訪が決まった。
デビュー作の制作費は2,000ドルだった。当時はまだ4人編成で、M.シャドウズ、ザッキー・ヴェンジェンス、ベースのジャスティン・セイン、ドラムのジェイムズ・"ザ・レヴ"・サリヴァンという顔ぶれ。そしてザ・レヴは全曲のドラムを1テイクで録り切っている。残りの楽器と歌は、その慌ただしい演奏の上に重ねられていった。
デビュー作の後にラインナップが動く。ギターのシニスター・ゲイツが2001年4月、ベースのジョニー・クライストが2002年9月に加わり、以後長く続く5人編成がここで揃った。ギターが2本になったことで曲は重くなり、ツイン・リードのハーモニーという武器も手に入っている。
セルフ・プロデュースで作られた4作目で、ザ・レヴの存在感が最も大きくなる。作品のおよそ6割を彼が書き、収録曲の半数で共同リード・ヴォーカルも務めたと伝えられている。ロック・バンドのドラマーがこれほど曲作りに関与するのは珍しい。
20年近い活動と7枚のアルバムを経て、バンドが初めてグラミー賞の候補になったのは「The Stage」だった。部門は最優秀ロック・ソング。シニスター・ゲイツはその皮肉を自ら指摘している。前作『Hail to the King』は3、4分の曲を並べたラジオ向きの作品だったのに何も起きず、キャリアで最も込み入ったアルバムを作ったらノミネートされた——長大で主題的なプログレッシヴな冒頭曲を書いているとき、グラミーやラジオのことなど考えもしなかった、と。
『Nightmare』のジャケットは一度に公開されず、18個の断片に分けて18日かけて少しずつ明かされた。ザッキー・ヴェンジェンスは2010年の取材でこれを自分のアイデアだと語っている。1ピースずつ観察してもらいたくて、あえてもったいぶった。公開が進むほどファンの期待が高まっていくのが分かり、それを見ている自分たちも高揚した——ライヴ会場の外でもファンと一体でいたいという発想から出た仕掛けだった。
バンド名の出どころは旧約聖書の創世記、カインとアベルの物語である。弟を殺したカインに対し、神は彼を害する者には七倍の復讐が下されると告げる。この一節から「七倍に復讐された」という意味の言葉が取られた。バンドは1999年にカリフォルニア州ハンティントン・ビーチで結成されている。
翼の生えた髑髏「デスバット」を描いたのは、M.シャドウズの高校時代の友人マイカ・モンタギューだった。早い段階でロゴが必要だと気づいた彼らが友人に頼み、支払ったのは20ドル。M.シャドウズは2010年にこう振り返っている——それ以来、このロゴは一度も変わっていない。ファンクラブの名も、この図像から取って Deathbat Nation と名付けられた。
ジミー・サリヴァン——ザ・レヴ——は1999年のバンド結成に加わり、2009年12月28日、ハンティントン・ビーチの自宅で亡くなった。28歳だった。バンドは彼の記憶を、ライヴのたびに「So Far Away」を演奏することで留めている。
マイク・ポートノイを迎えた経緯を、ザッキー・ヴェンジェンスは2010年の取材でこう説明している。ポートノイはジミーが尊敬するドラマーの一人で、ドリーム・シアターとはインタビューの場などで数年前から面識があった。ジミーの死を知ったポートノイの側から、自分にできることはないかと声をかけてきたのだという。メンバーが突然いなくなったからといってアルバムを延期することはできず、予定どおり録音を進める必要があった。
2015年11月、バンドは新ドラマーとしてバッド・レリジョンにいたブルックス・ワッカーマンの名を明かした。前任のアリン・イレジェイは同年7月に創作面での相違を理由に脱退している。ワッカーマンは10年来のファンで、前年に電話をもらったときは本当に興奮したと語り、バッド・レリジョンを辞める決断は難しかったが、最終的にメンバーも理解を示してくれたと述べている。
「Unholy Confessions」は、バンドがひとつの部屋で作った曲ではない。ザッキー・ヴェンジェンスがガレージで延々と弾いていたリフがあり、扱いあぐねたままツアーへ出た。シカゴのブッキング・エージェントの家に泊まっていたとき、曲を書こうということになり、全員が別々の部屋に散って書いた。そこでM.シャドウズがコーラスを作る。オレンジ・カウンティに戻ってリフとコーラスが繋がり、間抜けなブレイクダウンを足して完成した。この書き方を彼らが再び使うことはなかった。
タイトル曲「Waking the Fallen」は、本来アルバムに歌入りの一曲として収める予定だったが、最終的にはヴォーカルのないイントロへ縮められた。ところがそのピアノのイントロがバンドの中に残り、後に「Beast and the Harlot」へと育っていく。完全版の楽曲は、2014年の10周年記念デラックス再発『Waking the Fallen: Resurrected』でようやく日の目を見た。
「Bat Country」は、ハンター・S・トンプソンの1971年の小説『ラスベガスをやっつけろ』に基づいている。主人公デュークが薬物で朦朧としたままヴェガスへ向かう車中でコウモリの幻を見て、ヒッチハイカーを拾おうと車を停めた同乗者に「ここで停まるな、ここはコウモリの国だ」と叫ぶ場面。その一言が曲名になった。歌詞の中にこの言葉は一度も出てこない。
『City of Evil』はメタルコアを離れた作風が初期のファンを戸惑わせ、チャートから早々に落ちた。流れを変えたのはグッド・シャーロットのベンジとジョエルのマデン兄弟で、彼らがバンドをMTVの『トータル・リクエスト・ライヴ』に招き、「Bat Country」のビデオをかけた。反応は大きく、番組に居座り続けることになる。この曲で彼らは2006年のMTVビデオ・ミュージック・アワードの最優秀新人ビデオ賞を獲得した。
『City of Evil』の冒頭を飾る「Beast and the Harlot」は、バンドで一度も合わせないまま録音された。M.シャドウズは、自分のガレージで書き、レコーディングまで一度もバンドとして演奏していない、曲は自分のコンピュータの中にしか存在していなかったと明かしている。
「A Little Piece Of Heaven」は、ザ・レヴが生んだ曲である。シニスター・ゲイツによれば、彼はピアノがあれば必ず何か弾いていて、しかも常に自作だった。あのコーラスは冗談半分でスクービー・ドゥーのように歌ってみせるほど安っぽく甘い作りで、それを凄惨な歌詞と並べることが面白いのだと本人は考えていたという。オーケストレーションには、オインゴ・ボインゴの元メンバーであるスティーヴ・バルテックとマーク・マンが参加した。
2010年7月に発表された『Nightmare』は、バンドにとって初めて全米ビルボード200の首位に立ったアルバムとなった。加えてこれは、1993年のデペッシュ・モード『Songs of Faith and Devotion』以来となる、Sireレーベルからの全米1位アルバムでもあった。
「Fiction」は、ザ・レヴが亡くなる3日前に書き上げた曲で、彼が書いた最後の一曲となった。当初の題名は「Death」。自分がいなくなった後で道を見つけることについての歌詞を、彼はそこで書いていた。デモに残っていた彼自身の歌声は追悼としてそのまま製品版に使われている。この曲はバンドの作品の中で唯一、ギターがまったく入っていない。
「So Far Away」は、ザ・レヴの死後にシニスター・ゲイツが書いた、親友への別れの曲である。彼が歌詞と曲の両方を一人で手掛けた最初のアヴェンジド・セヴンフォールドの曲でもあった。アコースティック・ギターを弾いているのは彼の父ブライアン・ハナー・シニア。M.シャドウズはこの曲について、一人の男がギター1本を抱えて親友に語りかけているように聴こえてほしかったと説明している。
「Not Ready To Die」は『Call of Duty: Black Ops』のダウンロード・マップ「Call of the Dead」のために書き下ろされ、2011年5月3日に配信された。開発元のTreyarchが2003年のシリーズ開始以来、外部のバンドに楽曲を発注したのはこれが初めてだった。曲は『Nightmare After Christmas』ツアーと『Welcome to the Family』ツアーの合間の4日間で書かれている。
『Hail to the King』の出発点は、自分たちの曲がバーでかからないという自覚だった。M.シャドウズは、大きなバンドになったのにAC/DCやメタリカのブラック・アルバムのような、その場で流せる曲が一曲もない、自分たちの曲は複雑すぎ、様式的すぎるのだと語っている。そこで影響源を隠さず前面に出し、意図的に単純化したロックを作った。あのバンドたちを揶揄しているのではない、彼らの方がうまくやっている、ただ自分たちも試してみたかった——本人はそう続けている。自分たちにとってはきわめて不自然なやり方だった。
先行シングルの後に発売された『Hail to the King』は、英国のアルバム・チャートで首位に立ち、フィンランドで初登場2位、ドイツで5位、そして全米ビルボード200で1位を記録した。バンドにとって英米双方で初登場1位を獲得した初のアルバムである。
『Hail to the King』はプロデューサーのマイク・エリゾンドのスタジオで録音された。シニスター・ゲイツによれば、そこはエリゾンドがかつてドクター・ドレーや2パックのアルバムを録ったのと同じ部屋である。ヒップホップの現場から来たプロデューサーの空間で、彼らは古典的なヘヴィ・メタルを目指した作品を録っていたことになる。
『The Stage』は2016年10月28日、事前の告知なしに発表された。公開の舞台になったのは前夜に生配信された3D/VRのパフォーマンスで、演奏場所はハリウッドのキャピトル・レコード・ビルの屋上だった。移籍したばかりのレーベルの本社屋の上でアルバムを明かす、という趣向である。
『The Stage』の発表前、デスバットが世界各地の建物に投影された。ロンドンの地下鉄エンバンクメント駅の外にも現れ、通勤客を面食らわせている。トロントのロジャーズ・センターに映し出された写真をInstagramに上げたのは、バンドと親しいクリス・ジェリコだった。この一連の投影には #A7XWorldwide のハッシュタグが添えられていた。
『The Stage』を締めくくる15分の「Exist」は、ビッグバンをヘヴィ・メタルで再現しようという発想から生まれた。M.シャドウズによれば、グスタフ・ホルストの『惑星』は好きだが、ビッグバンそのものを描いた曲はまだ誰もやっていない、と考えたのだという。当初は全編インストの構想だったが、シニスター・ゲイツの提案で歌が入ることになり、歌が入る箇所を「地球」——ビッグバン後の冷却期を経て生命が始まる瞬間——とする折衷案に落ち着いた。
「Exist」の最後には、天体物理学者ニール・ドグラース・タイソンの語りが置かれている。人類の置かれた状況について、彼がこのアルバムのために書き下ろした文章である。M.シャドウズによれば、彼は教育に関わることであれば応じるという姿勢を取っており、ファンにこの分野を学ぶきっかけを作りたいという主旨で依頼したところ本人から電話が来て、参加が決まった。バンドは当初、カール・セーガンが自著『青い点』の一節を読む録音を使いたいと考えていたが、遺族の許諾が得られず断念している。
第60回グラミー賞の授賞式に、バンドは出席しなかった。理由は最優秀ロック・ソング部門がその年テレビ中継から外されたことである。M.シャドウズはこれをグラミーへの抗議ではないと断ったうえで、ツアーの合間にサウスダコタからニューヨークへ飛び、すぐオクラホマへ戻るだけの価値はないと説明した。中継から外して誰も見ていない別会場に押しやるのなら、時間と金の無駄だ、というのが彼の言い分である。同部門の候補には、メタリカ、K.フライ、ナッシング・モア、フー・ファイターズが並んでいた。
『Life Is But a Dream...』は4年をかけて書かれ、録音された。作品を貫くのはフランスの作家アルベール・カミュの思想で、人生に見出せる意味はないとする不条理主義と、人間の存在理由を問う実存主義の双方が下敷きになっている。バンド自身は先行予約ページで、この作品を実存的危機を通り抜ける旅、常に死の不安がつきまとう中で人間の存在の意味と目的と価値を掘り下げた個人的な探究だと説明した。
2023年5月12日、ラスヴェガスのAREA15での公演で「Nobody」が初めてライヴ演奏された。この日はバンドにとって約5年ぶりのステージでもある。直前のライヴは2018年6月30日、ハンガリーのショプロンで行われたものだった。
2023年6月の『Life Is But a Dream...』をもってワーナーとの契約は満了し、バンドは完全な独立体制に移った。M.シャドウズによれば、ワーナーで作ったのは8作。もうレーベルに所属する意味を見いだせない、というのが彼の説明である。理由は率直で、いま重要なラジオもMTVも存在せず、TikTokは誰でも自分でできる、レーベルが上乗せできるものはないというものだった。
来日の足跡はレーベルのプロフィールに簡潔に残されている。2006年と2007年のサマーソニックに2年続けて出演し、2007年11月に『Avenged Sevenfold』を発表。2008年1月には初の単独日本ツアーを行い、同年10月にはラウドパーク・フェスティバルの舞台にも立った。フェス出演から単独公演へ、わずか2年でこの国での立ち位置が変わっていったことが日付だけで分かる。
2008年10月の日本滞在は4公演が組まれていた。15日に大阪なんばHATCH、16日に名古屋Club Diamond Hall、18日にさいたまスーパーアリーナのLOUD PARK '08、そして20日には新木場STUDIO COASTで「AVENGED SEVENFOLD vs BULLET FOR MY VALENTINE SPECIAL GIG」と題した対バン公演。フェスとホール、そして同世代の英国勢との一騎打ちが、5日間の中に詰め込まれていた。
2012年4月の単独来日ツアーは4都市4公演だった。14日に川崎CLUB CITTA、16日に東京Zepp Tokyo、18日に名古屋DIAMOND HALL、19日に大阪なんばHATCH。チケットは6,500円(東京と大阪の2階指定は7,500円)。レーベルの告知はこれをLOUD PARK 10から約1年半ぶりの日本公演と説明している。
セルフタイトル作の日本盤は2007年11月7日発売、品番WPCR-12770で、日本盤のみのボーナス・トラックとして「Almost Easy」のライヴ・ヴァージョンが11曲目に収録された。プロデューサー欄にはバンド自身の名が記されている。レーベルはこの作品を、メタリカのブラック・アルバムのように歴史に名を刻む作品になるかが注目されるセルフ・タイトル作、と紹介していた。
『Nightmare』の日本盤(初回限定バリュー・プライス盤、2010年7月28日発売、WPCR-13880)は12曲目に「Lost It All」を日本盤のみのボーナス・トラックとして収録している。プロデューサーはマイク・エリゾンド、ゲスト・ドラマーはマイク・ポートノイと明記されており、ザ・レヴを失った直後の制作体制がそのままクレジットに残されている。
2010年6月17日、レーベルは『Nightmare』のジャケット写真と収録曲を公開した。全曲が日本語表記のカタカナで並べられ、最後の12曲目「ロスト・イット・オール」にだけ「日本盤のみ、ボーナス・トラック」と注記が付いている。同じ告知の末尾では、ラウドパーク10への出演も併せて伝えられていた。
ワーナーミュージック・ジャパンのプロフィールは、M.シャドウズが影響源として挙げる名前を具体的に並べている。パンテラ、メガデス、メタリカ、スレイヤー、そしてガンズ・アンド・ローゼズ。とりわけガンズからの影響は大きく、彼の一番好きなアルバムは『ユーズ・ユア・イリュージョン1&2』だという。ライヴで「Paradise City」のイントロを弾くという記述も、その裏付けとして添えられている。
2010年10月17日、さいたまスーパーアリーナのLOUD PARK 10。ザ・レヴを失った翌年、マイク・ポートノイをドラムに迎えて2年ぶりのラウドパーク出演となった。ステージ背景は『Nightmare』のアートワーク、1曲目はアルバムのタイトル曲。ザ・レヴを失っても変わらず支えてくれるファンへの感謝を述べたMCの後に「So Far Away」が置かれ、最後は「Almost Easy」で締めくくられている。
2012年4月14日の川崎CLUB CITTA公演はツアー初日で、チケットはソールド・アウトだった。会場にはビデオ・カメラが入っており、ステージ上のM.シャドウズは「日本でのライヴがそのうちDVDになるから、クレイジーなモッシュ・ピットを作ってくれ」と客席に注文している。約1時間半のセットは「Nightmare」で始まり、本編最後が「Bat Country」、アンコールは「Fiction」と「Unholy Confessions」だった。
2012年の来日公演では、日ごとにセットリストが変わることが場内でも告知されていた。川崎の初日、M.シャドウズは客席に向かって16日の東京公演にも来る者がいるかを問いかけ、明後日は今日とは違う曲を演奏すると宣言している。ファン投票で組んだツアーだからこそ成り立つ予告だった。
『Life Is But a Dream...』の日本発売日である2023年6月2日の夜、東京のタワーレコード渋谷店で発売記念試聴会とトークショーが行われた。アルバム全編をアナログ盤で聴きながら作品の背景やバンドの近況を語るという内容で、観覧は無料。当日に同店で本作を購入または店頭引き取りした人を対象とした抽選会も併せて実施された。
2008年1月の単独来日ツアーの直後、シニスター・ゲイツは激ロックの取材にこう答えている。最初の来日ではないけれど、初めて日本でライヴをするという気持ちで臨んだ——フェスの一枠として立った過去2回のサマーソニックと、自分たちの名前で客を集める単独公演は、本人たちにとって別の経験だった。次に来るときはセットも大きく、演奏時間も長くなると彼は付け加えている。
2026年7月28日、4曲入りEP『Statica』が予告なしにリリースされた。収録曲は「Lights」「Statica」「Rejoice」「Ashes」の4曲。GOOD CHARLOTTEとの北米ツアーが始まる前のタイミングで、サプライズという形が選ばれている。日本ではこの2か月後、9月30日のSGC HALL ARIAKE公演が控えていた。
日本盤『City of Evil』の商品ページは、発売時点のセールス情報をそのまま見出しに掲げている。全米でのアルバム売上50万枚突破によるゴールド・ディスク獲得と、MTVの人気番組『トータル・リクエスト・ライヴ』で「Bat Country」が1位を記録したこと。バンドをメインストリームへ押し上げたこの2つの事実が、日本での売り文句として並べられていた。プロデュースはマドロックと記載されている。
『Hail to the King』の米国発売前日にあたる2013年8月26日、バンドはロサンゼルスのハリウッド・パラディアムでフリー・ライヴを行った。レーベルの告知はこれを、ファンへの感謝を形にし、新作の発表を一緒に祝うために企画されたものだと説明している。同じ告知では、10月3日シカゴから10月26日ラスヴェガスまでのUSアリーナ・ツアーの日程も発表された。
2013年10月のヘイル・トゥ・ザ・キング・ツアーには、スペシャル・ゲストとしてデフトーンズとゴーストB.C.が同行した。レーベルの告知によれば、これは2011年の全米ツアー以来、バンドにとって初のフル・スケールでのUSツアーだった。2年半の空白を経て、アリーナ規模で戻ってきたことになる。
デビュー作に入っているメロディック・パンク曲「Streets」は、このバンドのために書かれた曲ではない。M.シャドウズが以前に組んでいたバンド、Successful Failure から持ち込まれたものである。デビュー作の楽曲は大半が4分前後に収まっており、以後のアルバムでこれほど短い曲が並ぶことは二度となかった。
『Waking the Fallen』では、共同プロデューサーのマドロックが意図的にザ・レヴのドラムを抑え込み、混沌と制御のバランスを取っている。同時にバンドはM.シャドウズに、絶叫だけでなくもっと歌うよう促した。2002年ごろに受けた喉の手術と、完全な回復に2年を要したことが背景にある。この歌への転換は次作を決定づけたが、初期からのファンの一部には受け入れられなかった。
『City of Evil』でM.シャドウズはヴォイス・コーチについている。若い頃のように喉を潰さずに、ざらついたメタル的な質感を保つためだった。レコーディングでは露骨な絶叫を避け、力と荒れを両立させる歌い方に切り替えている。ライヴでは今も多くの絶叫をこなすが、一部のスクリームはジョニー・クライストが引き受けるようになった。
『City of Evil』の「Sidewinder」の終盤には、長いラテン風のコーダが置かれている。そこでスパニッシュ・ギターを弾いているのは、シニスター・ゲイツの父ブライアン・ハナーである。曲そのものは毒蛇が獲物を狙う情景を描いており、冒頭の音は蛇が立てる威嚇音から始まる。
セルフタイトル作を締めくくるのは、カントリー寄りのスロー・バラード「Dear God」である。ツアー中の孤独と渇望を歌ったこの曲のビデオは、ジャーニーの「Faithfully」を思い起こさせる作りになっている。前の曲が8分の管弦楽ホラー「A Little Piece Of Heaven」であることを考えると、アルバムの終盤2曲の落差は相当なものだった。
『Nightmare』は当初、バンドにとって初のコンセプト・アルバムになるはずだった。ザ・レヴの死によってその構想は途中で放棄されるが、結果として多くの曲がバンドの喪失と痛みを扱うことになり、別の意味でコンセプト的な作品になった。
2012年11月、バンドは『Call of Duty: Black Ops II』にキャラクターとして登場した。ワーナーミュージック・ジャパンの告知は、アーティストがゲーム・キャラクターとして登場するのは彼らが初だと伝えている。バンドはこのゲームのために「Carry On」を書き下ろし、その楽曲は2013年1月にビルボードのモニター・チャートで1位を記録した。
『The Stage』は、バンドにとって初めての本格的なコンセプト・アルバムだった。ただし物語が一本通っているのではなく、人工知能と、宇宙における人類の位置という主題で貫かれている。冒頭を飾るのはゴシックな鍵盤のイントロで、オジー・オズボーンの「Mr. Crowley」を思わせる導入から、新しいドラマーのタム回しが始まる構成になっている。
『The Stage』で初めて起用されたプロデューサーがジョー・バレシである。彼はバンドにライヴの手触りを求め、M.シャドウズにそれまでやったことのない方法を課した。曲の最初の一語から最後まで、途中で切らずに歌い切るというやり方である。歌い進めるうちに声が張り詰めていく、その負荷そのものがライヴの感触を生む、という考え方だった。
グラミーの初ノミネート時、バンドは初めてのアコースティック録音『Live At The GRAMMY Museum』を発表したばかりだった。20年近いキャリアの中で、アコースティックの作品として残したのはこれが最初になる。
8作目の発表時点で、バンドはプラチナ認定作品5枚、全米1位アルバム2枚、そしてグラミー賞ノミネート1回を数えていた。ハンティントン・ビーチのガレージから始まった集団が、四半世紀近くをかけて積み上げた数字である。
『Nightmare』のタイトル曲は、2010年にアメリカのロック・ラジオで最も多くオンエアされた楽曲だった——クラシック・ロックの楽曲を除いた集計である。同作からは「Nightmare」「So Far Away」「Welcome to the Family」がいずれも1位を記録している。
『Life Is But a Dream...』を貫くのは「何でも入れる」という発想で、ここにはマイク・パットンと彼の実験的なバンド、ミスター・バングルの影響がある。M.シャドウズがオーケストラとの共演を予告したとき、多くの人はメタリカの『S&M』のような大作を思い浮かべたが、出てきたのはその逆だった。収録曲の半数は3分から4分で、彼らの通常の曲の半分の長さしかない。
『Life Is But a Dream...』の振れ幅は曲の中で起きる。スラッシュの速度がフルートとピアノとアコースティック・ギターの静けさへ落ちる「Game Over」、単調な発声と無調のインダストリアルな音が現れる「We Love You」、催眠的なホーンと歌がギターの不協和の中で高まっていく「Cosmic」。終盤の4曲だけでも、ブロードウェイ、ファンク、ジャズ、シナトラ風のバラード、そして最後に新古典主義的なピアノのインストゥルメンタルが並ぶ。
2010年から2011年にかけてのツアーの合間に、バンドはクウェートやイラクの米軍基地を回るUSOツアーを行っている。M.シャドウズによれば、USOが招くのは通常ポップやカントリーのアーティストで、ラウド系のバンドに声がかかること自体が珍しかった。兵士の側から彼らのライヴを観たいという声が上がり、USO本部から逆に出演を打診されたのだという。
ワーナー・ブラザーズとの契約をまとめたのは、A&Rのクレイグ・アーロンソンだった。彼は以前にグリーン・デイ、マイ・ケミカル・ロマンス、ザ・ユーズドを同レーベルに迎えた人物で、2004年の夏、ホープレス・レコーズからバンドを引き上げている。2014年に彼が亡くなったとき、バンドは声明を出した。インディーのバンドがメジャーと契約する話には嫌な噂ばかり聞いていたので最初は疑っていたが、最終的に彼とワーナーを信じてよかったと思っている——そういう内容だった。
2016年、バンドはカリフォルニア州の労働法にある通称「7年ルール」——役務提供契約は7年を超えて強制できないという規定——を根拠にワーナー・ブラザーズを離れようとし、レーベル側から訴訟を起こされた。M.シャドウズはその理由を、レーベル内で経営陣の交代が何度も起き、もはや自分たちのバンドを気にかけ、理解している人間がいなくなったからだと説明している。より少ない条件で他へ移り訴訟を抱えることを選んだのは、作品を出しても放置される方が悪いと考えたからだった。
ワーナーは2016年12月2日にベスト盤『The Best Of 2005-2013』を発売したが、バンドは制作に一切関与していない。M.シャドウズは、企画が動いていることをネットで見て初めて知ったと述べ、これをレーベル側の金銭目的だと批判した。ファンには、その曲を聴きたければSpotifyでプレイリストを作ればいいとまで言っている。
『The Stage』はワーナーと袂を分かった後、キャピトル・レコードから発表された最初の作品である。前作『Hail to the King』から3年、レーベルを変えた最初の一手が、事前告知のないアルバムまるごとの公開だった。
『Waking the Fallen』の「Chapter Four」は、そのバンド名の出どころそのものを主題にした曲である。創世記の第4章、つまりカインが弟アベルを殺し、地上で最初の殺人が起きる章のことで、曲名はその章番号を指している。バンド名を生んだ一節と同じ章から、一曲が組み立てられていることになる。
デビュー作を書いていたとき、メンバーは17歳だった。M.シャドウズによれば、曲は授業中にアコースティック・ギターで書かれ、レコーディングもクリック・トラックもプロダクションも何ひとつ知らないまま作られた。ザッキー・ヴェンジェンスも、アイデアだけは山ほど持ち込んだが自分たちが何をしているのか分かっていなかったと振り返っている。
最初のデモは1999年、まだ4人編成のときに吹き込まれた3曲入りで、「Forgotten Faces」「Thick And Thin」「The Art Of Subconscious Illusion」が収められている。当時のラインナップはM.シャドウズ、ザッキー・ヴェンジェンス、The Reverend Tholomew Plague名義のドラマー、そしてベースのマシュー・ウェント。翌2000年に「Lips Of Deceit」「We Come Out At Night」を加えて5曲に拡張され、この5曲はすべて2001年のデビュー作のために録り直された。
シニスター・ゲイツが参加した最初の音源は、デビュー作の冒頭曲「To End The Rapture」を録り直したヘヴィ・メタル・ヴァージョンだった。2001年のEP『Warmness On The Soul』に収められたこのテイクは、後にデビュー作が再発された際、オリジナルに差し替えられて収録されている。
2枚目の制作にあたり、バンドはプロデューサー候補としてアンディ・スニープに音源を送っている。返ってきたのは、君たちとは絶対に仕事をしない、という趣旨のメールだった。M.シャドウズによれば、『City of Evil』の後にロンドンでスニープと会ったとき、彼はこんなことになるとは思わなかった、申し訳ないと言って一緒に笑っていたという。
『Waking the Fallen』の制作が始まった2003年、プロデューサーのアンドリュー・"マドロック"・マードックはザッキー・ヴェンジェンスにギターが下手だと言い放った。ザッキー自身が2014年に、あの時点で自分をバンドから追い出そうとしていたと思う、と振り返っている。ちなみに彼の本名はザッカリー・ジェイムズ・ベイカーで、ヴェンジェンス(復讐)という芸名は、自分の可能性を疑った周囲への返答として選んだものだった。
『Hail to the King』のジャケットは、黒地にデスバットを1つ置いただけの意匠で、表も裏もこの図像で埋められている。そしてこれが、ロゴを生んだマイカ・モンタギューが自分の絵をアルバムのカヴァーで見た最後の機会になった。彼は2016年に亡くなっている。
デビュー作のタイトルは、ヨハネの黙示録第11章に由来する。7人の天使がラッパを吹き鳴らすことが終末の前触れになるという記述で、バンド名を創世記から取った彼らが、聖書からの引用をもう一段重ねた形になる。天上を思わせるアートワークを描いたのは、カリフォルニア州サンタクルーズのタトゥー・アーティスト、アダム・バートン。彼はそれ以前にM.シャドウズに彫りを入れていた人物でもある。
今では『Waking the Fallen』といえばデスバットのジャケットだが、当初この図像はCDのスリップケースに刷られていただけだった。ブックレットの表紙にあったのは、テイラー・モンタギューによる暗く荘厳な絵画である。後年の版がすべてデスバットを表に立てているため、当時の体裁は失われている。
『City of Evil』は72分あり、彼らのアルバムの中で群を抜いて長い。ワーナー・ブラザーズからのメジャー・デビュー作でもあった。グラフィック・デザイナーのケイシー・ハワードが手掛けたジャケットは、デスバットを翼のある悪魔に読み替え、馬に跨って炎と焦土だけを後に残していく姿として描いている。
セルフタイトル作のジャケットには文字が一切ない。図像も『Waking the Fallen』で使われたものの配色を替えただけである。凝った絵はむしろライナーノーツの側にあり、ケイシー・ハワードが各曲の主題を白黒の線画で描き起こしている。音楽的には交響楽やカントリーまで持ち込んだ作品だが、外側の装飾はできるだけ削ぎ落とされていた。
『Nightmare』のジャケットを描いたのはトラヴィス・スミス。オーペス、デス、デヴィン・タウンゼンド、オーヴァーキルらを手掛けてきた画家である。絵の中央には墓があり、そこに「foREVer」と彫り込まれている。中央の3文字を大文字にすることで、ザ・レヴの名がそのまま「永遠に」という語の中に埋め込まれている。
『The Stage』のジャケットは、稲光と緑の霧に囲まれた地球を中央に据えた宇宙的な絵だが、そこにもデスバットが潜んでいる。霧は髑髏の形を、左右の稲妻は翼の形を作っている。手掛けたのは Butcher & Baker Workshop という素性の知れないデザイン・スタジオで、ザッキー・ヴェンジェンスの本名がザッカリー・ベイカーであることを踏まえると、名前の由来は察しがつく。
『Life Is But a Dream...』では、ミニマリストの画家ウェス・ラングがジャケットを描いただけでなく、デスバットそのものを新たに描き起こしている。ベージュの地に黒の絵具だけで構成されたその図像を、バンドは実存主義というアルバムの主題を視覚芸術として要約したものだと説明した。歌詞が寄って立つのは、人生に意味はないと考えたアルベール・カミュの哲学である。
ライヴ盤『Live In The LBC & Diamonds In The Rough』のジャケットは、5人のメンバーを骸骨風のカリカチュアで描き、その背後にカリフォルニア州ロング・ビーチの街並みを配している。2008年4月10日、彼らがこの街でRockstar Taste Of Chaosのヘッドライナーを務めたことに因む。もっとも同じ会場は、1985年にアイアン・メイデンが『Live After Death』を録音した場所としての方がよく知られている。
ザ・レヴの死後、バンドは解散も考えたという。続けるという結論に至ったのは2010年2月で、同時に、ドリーム・シアターのマイク・ポートノイを迎えて新曲のレコーディングに入っていることも明らかにされた。この判断が『Nightmare』になる。
ザ・レヴが亡くなった直後、バンドは初めて彼抜きでスタジオに入った。ザッキー・ヴェンジェンスによれば、曲作りは彼の死の直前にほぼ終わっており、収録曲はすべて彼を含む全員で作ったものだった。ところが録音に入ると、同じ曲が以前とは違って聴こえたという。新しく、暗く、悲しく、それでいてどこか神秘的だ——彼の死がアルバムを深いところへ連れて行った、というのが本人の言葉である。
ワッカーマンの名は、実は『Nightmare』の時点で候補に挙がっていた。M.シャドウズは2015年11月、クリス・ジェリコのポッドキャストで、当時ツアー・マネージャーが彼の名前を出していたと明かしている。ただしその頃の彼はバッド・レリジョンで多忙で、しかもパンクのドラマーとして見られていた——だからあの時点ではポートノイが正しい選択だったと考えている、というのが本人の説明だった。
ブルックス・ワッカーマンがバンドとして初めてステージに立ったのは、ミネアポリスの老舗クラブ First Avenue で行われた8月18日のフリー・ライヴだった。その様子を短いドキュメンタリー映像としてYouTubeチャンネルで公開したのは、次のアルバムに向けた沈黙が続いていた2016年のことである。
『Hail to the King』が完成した2013年8月の時点で、アリン・イレジェイはまだ正式メンバーになるかどうかの返事をしていなかった。M.シャドウズは、こちらは正式メンバーとして迎えているが決断は本人に委ねている、彼はあと2週間で結婚する予定で、A7Xとずっとツアーに出る生活を選ぶ覚悟があるかはまだ分からない、と説明している。急がせるつもりはない、というのが当時のバンドの姿勢だった。
シニスター・ゲイツの父ブライアン・ハナー・シニアは、2005年の『City of Evil』から2013年の『Hail to the King』まで、すべてのアルバムでギターを弾いている。ミュージシャンでありコメディアンでもある人物で、息子は彼を自分のインスピレーションであり、ヒーローであり、親友でもあると呼んでいる。
M.シャドウズの妻ヴァレリー・ディベネデットは、小学6年のときからの親友である。デビュー作の「The Art Of Subconscious Illusion」で声を吹き込み、バンドの初期にはマーチャンダイズ担当からツアー・マネージャーへと立場を変えた。二人が結婚したのは2009年10月17日。翌年には彼女の双子の姉妹ミシェルがシニスター・ゲイツと結婚している。
ザッキー・ヴェンジェンスがシェクター社と結びついたきっかけは、イギリス公演での事故だった。ステージに上がってきたファンがマイクスタンドを倒し、彼のメイン・ギターが壊れる。その日はサブで乗り切ったものの、壊れたギターは翌日のPV撮影で使う予定だった。彼は左利きで、左利き用のギターがすぐには見つからない。困っていたところへシェクター社が快く提供を申し出た。以後、同社はシニスター・ゲイツも気に入り、二人ともスポンサーシップを受けることになった。
シニスター・ゲイツは『Hail to the King』のレコーディングで、自分が設計したアンプ HELLWIN を使っている。デザインに2年をかけたもので、リズム・ギターもソロも全編このシリーズで録ったと語っている。自分のアンプを作れたことをとても誇らしいと述べていた。
デビュー作の「The Art Of Subconscious Illusion」で聞こえる女性の悲鳴は、当時M.シャドウズの恋人でバンドのマネージメントも担っていたヴァレリー・ディベネデットの声である。二人は2009年に結婚した。彼女の声は、2007年の「Scream」にも同じ役回りで登場している。
『Waking the Fallen』は、インディーのホープレス・レコーズから出た作品でありながら、発売後1年で10万枚を超えて売れた。この数字が全米のA&Rの目に留まり、メジャー各社との争奪戦につながっていく。
「Unholy Confessions」は、そもそもシングルとして切られた曲ではなかった。M.シャドウズによれば、先に出したのは「Chapter Four」と「Eternal Rest」である。次作をめぐる争奪戦のさなか、契約したレーベルが『Waking the Fallen』の曲でMVを作りたいと言い、ワーナー・ブラザーズと契約した後に、『City of Evil』へ向けた地ならしとしてこの曲のビデオが作られた。アルバム発売からかなり経ってからのことである。
「Unholy Confessions」は、バンドが最も多く演奏してきた曲である。初期の曲がセットリストから押し出されていく中で残り続け、たいていアンコール前の最後の曲として置かれる。M.シャドウズはこれを自分たちにとっての「Hit The Lights」のようなものだと表現し、夜の締めくくりに2003年へ話を戻すのが気に入っているのだと語っている。
2部構成、13分に及ぶ「I Won't See You Tonight」は、シニスター・ゲイツが一人で書き上げた曲である。第1部は自ら命を絶とうとする人物の視点、第2部は友人を失った側の視点で書かれている。2000年に加入したばかりのギタリストが、バンドの射程を一段引き上げた瞬間として語られる曲でもある。
「Bat Country」の歌い出しの一節は、18世紀イギリスの文人サミュエル・ジョンソンの言葉である。獣になった者は人間であることの苦痛から解放される、という趣旨のこの一文は、曲の元になったハンター・S・トンプソンの小説の冒頭にも掲げられている。バンドは小説から題名を、小説が引いた言葉から歌い出しを取ったことになる。
2006年のMTVビデオ・ミュージック・アワード最優秀新人賞で、「Bat Country」が競った相手はリアーナ、クリス・ブラウン、パニック!アット・ザ・ディスコ、エンジェルス・アンド・エアウェイヴス、ジェイムズ・ブラント。ラウドな側から来た一組が、ポップの本丸で票をさらった格好になった。
「Beast and the Harlot」の疾走するイントロは、もともとピアノで書かれたものだった。ザッキー・ヴェンジェンスによれば、当時バンドはヴェルヴェット・リヴォルヴァーを聴き込んでおり、その雰囲気を取り込みたかったのだという。以前の作品でやっていたような遅いピアノの導入ではなく、ツーバスとギターの絶叫でアルバムを開ける——そう決めて作られた曲である。作曲の中心はシニスター・ゲイツとM.シャドウズだが、ザッキーは曲を支えているのはザ・レヴのドラムだと繰り返している。
ザッキー・ヴェンジェンスは、「Beast and the Harlot」がシングルになるともファンに愛される曲になるとも思っていなかったと語っている。アルバムを始めるのにいい曲だと考えていただけだった。ツアーが始まると、客席が最も反応する曲がこれだとすぐに分かったという。
「Betrayed」は、2004年12月8日にオハイオ州コロンバスのクラブで銃撃され亡くなった元パンテラのギタリスト、ダイムバッグ・ダレルに捧げられた曲である。同時にそれは撃った男へ向けた言葉でもある。M.シャドウズはダイムバッグについて、ギターが鳴った瞬間に彼だと分かる、ギターの最高の存在で、自分にとって最大の影響源の一人だと語っている。
9分14秒の「Strength Of The World」は、『続・夕陽のガンマン』『荒野の用心棒』などの音楽で知られるエンニオ・モリコーネの影響下にある。歌詞も西部劇そのままで、家族を殺された男が復讐に向かう筋書きを持つ。M.シャドウズはこれを怒りの曲ではないと説明し、怒りを伴わない冷徹な復讐こそが西部的なのだと語っている。
「Strength Of The World」のように全員でタイトルを合唱するギャング・ヴォーカルは、彼らの曲とライヴの定番になった。録音の場ではたいてい笑いが起きるという。M.シャドウズを除けば、メンバーの声はどれもあまりメタル的ではないからである。2007年の「Almost Easy」でも、5人全員がヴォーカル・ブースに集まって掛け合いのパートを歌っている。
『City of Evil』を締めくくる「M.I.A.」は、イラク戦争に従軍したアメリカ兵についての曲である。バンドには実際に従軍した友人がおり、政治的な立場を主張するのではなく、戦地に赴く一人の兵士の視点を提示することを目的にしていた。M.I.A.は行方不明兵を意味する Missing In Action の略で、戦闘中に死亡または捕虜となった可能性のある兵の扱いを指す。
「Seize The Day」についてM.シャドウズは、自分の行いを二度考えることについての曲だと説明している。何もかもが2分で消えうるのだから、愛する者を近くに置いておけ——タイトルの意味するところはそれである。
「Almost Easy」を書いたのはドラマーのザ・レヴだった。彼は複数の楽器を弾けたため、ギターとキーボードで自らデモを作り、頭の中の構想をメンバーに示している。曲は当初2007年の映画『トランスフォーマー』のために用意されていたが、6月の公開に間に合わず、同年9月18日にアルバムの先行シングルとして発表された。後に続編のサウンドトラックには収められたが、映画本編では使われていない。
セルフタイトル作の先行シングル「Critical Acclaim」は、長いオルガンのイントロで始まる。弾いているのはセッション・ミュージシャンのジェイミー・ムホベラック。同じ曲でザ・レヴが追加のヴォーカルを入れており、彼の声は「A Little Piece Of Heaven」と「Scream」でも聴くことができる。
「A Little Piece Of Heaven」は、もともとハロウィーンEPに入れるつもりで書き始められた曲で、アルバムに収まらない可能性が高かった。シニスター・ゲイツは、編曲があまりに大掛かりでザ・レヴも自分も手を付けたくなかったと認めている。押し続けたのはM.シャドウズだった。録音を始めた瞬間に全員が特別な曲だと気づき、レーベルもこれはEP用の曲ではなくアルバムに入れるべきだと言った。
ロサンゼルスのニュー・ウェイヴ・バンド、オインゴ・ボインゴ——ダニー・エルフマンが最初に率いたグループ——は、ザ・レヴとシニスター・ゲイツに大きな影響を与えていた。その縁で元メンバーのスティーヴ・バルテックとマーク・マンが、2007年のセルフタイトル作の「A Little Piece Of Heaven」と「Afterlife」の弦アレンジに起用されている。ザ・レヴは最後期のインタビューのひとつで、ダニー・エルフマンを自分の音楽的ヒーローだと述べていた。
セルフタイトル作の「Lost」では、ブリッジとコーラスでM.シャドウズの声にオートチューンがかけられている。当時ヒップホップで流行していた効果を、面白そうだからという理由で試したものだった。期待を裏切ることを狙った作品らしい選択である。
「Unbound (The Wild Ride)」にはピアノと児童合唱が入り、歌もきわめてメロディックだ。ファンからの評価は高いが、M.シャドウズ本人は2017年のオンラインでのやり取りで、アルバムに収録された自分たちの曲の中でこれが一番好きではないと述べている。自分の好みには少し甘すぎる、というのが理由だった。
「Brompton Cocktail」は、終末期の患者が医師に致死量の投与を求める物語である。曲名のブロンプトン・カクテルは、モルヒネ・ヘロイン・コカインを混ぜた調合を指す語。死ぬ権利という主題を、当時まだ一部の州でしか認められていなかった状況の中で扱っている。
『Nightmare』という題は、ザ・レヴの死以前に決まっていた。ザッキー・ヴェンジェンスによれば、自分たちの苛立ちや失望に加え、テレビをつければ内戦、飢え、経済の破綻が映る——そうした光景が目を開けたまま見る悪夢のように感じられたのだという。ジミーが亡くなった後、同じ言葉がまったく違う意味を帯びた。自分たちが経験した最大の悪夢は彼との突然の別れだ、と彼は述べている。
タイトル曲「Nightmare」の着想は、M.シャドウズの結婚式の日に降ってきた。その足でスタジオへ寄ってデモを作ったため、当時の婚約者はいい顔をしなかったという。もっとも彼女は後にこれを許している。この曲が入ったアルバムが全米1位に立ったからである。
「Nightmare」のビデオを撮ったのは、モトリー・クルーやボン・ジョヴィ、メタリカを手掛けてきたウェイン・イシャム。ジョニー・クライストによれば、当初はビデオを作る予定がなかったが、追悼の形にしたいと考えて信頼していたイシャムに依頼した。映画『ジェイコブス・ラダー』を下敷きにした構成で、曲と映像のあちこちにジミーを表す要素が置かれている。
「Fiction」の録音についてマイク・ポートノイは、この曲は100パーセント、いや1000パーセントがジミーのものだと語っている。自分ならこういう叩き方はしなかっただろう、もっと減らしていたはずだ、と。元のデモではジミーがピアノとドラムを弾き、歌も入れていた。ポートノイはそのデモに合わせて叩いたため、他の曲はバンド全員で演奏したのに、この曲だけは自分とザ・レヴのデュエットになったと述べている。
『Nightmare』を締めくくる「Save Me」は10分57秒あり、バンドが録音した最も長い曲となった。ザ・レヴの死がバンドに何をもたらしたか、残された者たちが抱えた痛みの大きさを扱った曲である。
『Nightmare』の中でも「God Hates Us」は、曲名がそのまま示すとおり、物事がうまくいかないことへの怒りを扱った曲である。ザッキー・ヴェンジェンスは、制作時に自分たちの中にあった感情を直接そのまま出した曲だと説明し、ただ闇雲に怒鳴っているのではなく、悲しさと暗さを含んだ怒りを表現していると付け加えている。
『Nightmare』からの2枚目のシングル「Welcome To The Family」も、ザ・レヴから着想を得た曲である。M.シャドウズとジョニー・クライストが、YouTubeで公開されたアルバム制作のドキュメンタリー・シリーズの中でそう語っている。
7分を超える「Not Ready To Die」は、アリン・イレジェイがアヴェンジド・セヴンフォールドの音源に初めて参加した曲でもある。ゲーム内では隠し要素として置かれ、歌詞はゾンビの物語に沿って書かれた。M.シャドウズは自分がこのゲームの大ファンで、いつも遊んでいるうちに物語に引き込まれたのだと語っている。
「Carry On」は『Call of Duty: Black Ops II』のエンド・クレジットで流れる曲で、ゲーム内にはバンドがその曲を演奏する映像が収められている。M.シャドウズによれば、依頼を受けてから作曲に3日、録音に2日しかなく、しかもモーション・キャプチャの収録も控えていた。アニメーションの都合で4分以内という条件が付いていたため、通常より簡潔な構成の曲になっている。
『Hail to the King』の冒頭曲「Shepherd Of Fire」は、『Call of Duty: Black Ops II』の4番目にして最後の追加コンテンツ『Apocalypse』に提供され、ゾンビ・マップ「Origins」の導入映像で流れた。バンドとこのシリーズの関わりは「Not Ready to Die」「Carry On」に続いて3作目になる。
2015年のインストゥルメンタル「Jade Helm」は、『Call of Duty: Black Ops III』のマルチプレイヤー用サウンドトラックのために作られた。曲名は同年7月から9月にかけて米国内で行われた軍事演習「Jade Helm 15」と、それをめぐって広まった陰謀論を指している。
2018年9月、『Call of Duty: Black Ops 4』の発売に合わせて4曲入りEP『Black Reign』が発表された。新曲は「Mad Hatter」1曲だけで、残る3曲はこれまでBlack Opsシリーズのために書いてきた「Not Ready to Die」「Carry On」「Jade Helm」である。ゲームの主題はゾンビの大量発生だったが、M.シャドウズは真っ向からのゾンビ曲とは違う、暗く沈み込む感触を狙ったと述べている。
「Mad Hatter」の発端は、M.シャドウズがTwitterでファンからの質問に答える企画だった。『Black Ops III』の音楽について問われたやり取りをTreyarchの担当者が見ており、そこから参加の打診が来たのだという。ヨーロッパ・ツアーが控えていたため、完成品を渡すまでに与えられた時間は1か月だった。
『Hail to the King』で最初に歌詞が完成したのは7曲目の「Heretic」だった。M.シャドウズはこの曲を、メロディックなマイナー・トーンでマーティ・フリードマン風の雰囲気があると評している。ただしこの曲の後、バンドはよりブルース寄りのグルーヴを重視する方向へ切り替えており、結果として「Heretic」だけがアルバムの中でやや浮いている。面白かったのでそのまま残した、というのが本人の説明である。
タイトル曲のイントロでシニスター・ゲイツが使っているのは、ジプシー・ジャズの奏法である。当時ジャンゴ・ラインハルトらを弾き込んでいた彼が、その技法をメタルに持ち込んだ。ソロ自体はマイナー・ブルースの進行に基づいており、本人は、新古典主義と誤解されることが多いが実際はジプシー・ジャズだと説明している。
『Hail to the King』のジャケット画を描いたのは、南カリフォルニアの画家カム・ラッカム。作品には「Deadly Rule」という題が付いている。本人はNoisecreepに対し、映画『コナン・ザ・グレート』の最後のカット——フランク・フラゼッタの絵を下敷きにした、王座で自らの王国の混沌を眺める場面——から着想を得たと語っている。ペンタグラムや逆十字といった要素も、アルバムの主題に合わせて加えられた。
「Hail to the King」はWrestleMania 32の公式テーマ曲のひとつに採用され、スポーツ会場でも定番になった。M.シャドウズは、試合を観に行くと「Crazy Train」のような曲と同じ扱いで自分たちの曲がかかる、自分たちはロックの人間であると同時にスポーツ好きでもあるので、あれは嬉しいものだと語っている。
M.シャドウズは、バンドを知らない相手に最初に聴かせるなら「Hail to the King」だと述べている。ただしこれは彼自身の一番好きな曲という意味ではない。自分が誇りに思う曲を見せるなら「The Stage」「Buried Alive」「Exist」を選ぶ、と続けたうえで、シーンの外にいる人を引き入れるにはこの曲が確実なのだと説明している。
実験として作った曲が、結果的にバンド最大のヒットになった。M.シャドウズは、「Hail to the King」が週間の再生数で他のどの曲の2倍以上を記録し、アルバムも過去作すべてを上回る売れ行きだと述べたうえで、それでもファンの一部はこの作品を失敗のように扱う、と書いている。皮肉なことに実験がうまくいってしまった、というのが彼の総括だった。
『Hail to the King』の「Requiem」は、メタル・バンドがクラシックのオーケストレーションに挑んだ曲だとシニスター・ゲイツは説明している。M.シャドウズの歌をリードのヴァイオリン・パートに、自分のギターの刻みを低音金管の役割に見立てて重ねていったという。合唱は英語で歌われており、繰り返される言葉は「In flames」である。
「Coming Home」はツアーについての曲である。M.シャドウズによれば、歌詞にある「地獄に立っている」という一節は、イラクでサダム・フセインの宮殿に立ったときの経験を指している。気温は華氏126度。多くの人が経験することのない場所での出来事を、悪魔と目を合わせるという比喩に置き換えた。世界中でどれだけのことをしても、最後に望むのは家に帰って大切な人といることだ、と彼は続けている。
「Doing Time」の舞台は、ハンティントン・ビーチにある行きつけのバー、ジョニーズ・サルーンである。M.シャドウズはこれを、頭の中の牢獄——問題を酒で流しに行くという牢獄——についての曲だと説明している。この店は『Waking the Fallen』と『City of Evil』を書いた場所でもあり、『Hail to the King』の制作中にも毎晩そこへ通ったのだという。
バラード「Crimson Day」には二人の子どもが関わっている。シニスター・ゲイツは歌詞が自分の甥から着想を得たものだと語り、M.シャドウズは前年の夏に息子が生まれたことから、ジミーを失ったことと新しい生命とを橋渡しする物語として書いたと説明している。彼の息子オーウェン・ジェイムズ・サンダースは2012年7月5日生まれである。
もっとも、M.シャドウズ本人は「Crimson Day」を高く評価していない。2024年のインタビューで、あれは捨て曲だ、いいバラードではない、自分たちはこれまでもっといいバラードを書いてきた、と述べている。彼の中では、これまでの全作品の中でも最も低い位置にある曲だという。
『Hail to the King』の「Planets」と「Acid Rain」は連作である。シニスター・ゲイツによれば「Planets」は、惑星規模の戦争が終末をもたらし、人類が自分たちより遥かに強大な何かと戦うために結束する話。続く「Acid Rain」では、惑星が衝突した後、宇宙に放り出されて愛する者と共に死んでいくことが歌われる。負けたと悟りながら、大切な一人と一緒にいる——終末の恋愛物語のようなものだ、というのが本人の説明である。
「This Means War」は戦争の曲ではない。M.シャドウズは、イラクに行って人を撃つ話ではなく、頭の中の戦い、自分が下した決断と共に生きることについての曲だと説明している。シニスター・ゲイツのソロは基本的に即興から始まっており、この曲では機関銃の掃射のように始まって次第にメロディックになっていくものを思い描いていたという。
なぜ予告なしだったのか。M.シャドウズはローリング・ストーン誌にこう説明している。誰もが先行シングルを4曲も5曲も出してアルバムのミステリーを消してしまう。実際に出るころには、その作品が何であるかを50回もインタビューで語り終えている。だから、時間をかけて作ったものをそのまま差し出し、聴いた後で一緒に理解していけばいい——そういう考えだった。
発表直前、クリス・ジェリコはM.シャドウズと示し合わせて偽の情報を流している。7作目のタイトルは『Voltaic Oceans』、発売は12月9日——デスバットの画像に日付を添えた投稿はすぐ削除されたが、噂は十分に広まった。実際のアルバムは10月28日に別の題名で現れている。
同じ時期、公式サイト avengedsevenfold.com は真っ暗になった後、deathbot.net というアドレスへの転送に切り替わった。訪れた者を迎えたのは、胴体のないロボットの頭部と、質問を打ち込める入力欄である。デスボットは謎めいた返答と食い違う日付を返し続けた。11月11日は楽しい日になるだろう、いや11月18日が楽しい日になるだろう、といった具合である。
8分30秒のタイトル曲「The Stage」は、ブルックス・ワッカーマンが叩いた最初のアヴェンジド・セヴンフォールドの音源である。アルバム発売の13日前にあたる2016年10月15日、メキシコ・トルーカのKnotfestで初めてライヴ演奏された。まだ誰も知らない8分半の曲を、フェスのヘッドライナーの1曲目に置いたことになる。
「The Stage」のビデオは、人形劇の舞台の上で人類が歴史を通じて殺し合う様子を描く。演出を手掛けたのはレディオヘッドの映像で知られるクリス・ホープウェルで、ザッキー・ヴェンジェンスとの共同作業だった。ザッキーが最初に立てた構想は、人間の暗い側面と繰り返される歴史を捉えることだったという。着想源は、1965年の映画『サウンド・オブ・ミュージック』でマリアと子どもたちが演じる人形劇の場面「ひとりぼっちの羊飼い」である。
『The Stage』の主題である人工知能に、M.シャドウズが引き込まれたきっかけは1本の記事だった。ティム・アーバンがサイト Wait But Why に書いたAIについての文章を誰かが送ってきて、これは学ばなければならないと感じたのだという。以後、サム・ハリスの論考やポッドキャストを追い、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスク、スティーヴン・ホーキングの相異なる見解を読み比べていった。これは自分たちの世代がいずれ答えを出さなければならない問題だ、と彼は考えた。
「Paradigm」が扱うのはナノテクノロジー、とりわけナノボットである。M.シャドウズは、それが病を治し不死をもたらす可能性に触れたうえで、では自分の70パーセントが機械で30パーセントが人間になったとき、自分はまだ自分でいられるのかと問いかけている。技術がすぐそこまで来ている、という前提の上に立つ曲である。
『The Stage』の「Sunny Disposition」でホーンを吹いているのは、フィッシュボーンのアンジェロ・ムーアと"ダーティ"・ウォルター・キビィである。M.シャドウズはこの曲について、核戦争と階級社会をめぐる曲だと説明している。
「Dose」は当初『The Stage』の2016年版に入る予定だったが間に合わず、翌年になってアルバムに追加された。歌詞の元になっているのは1950年代の未解決の逸話で、地図上に存在しない国タウレドの旅券を持った男が東京の空港に現れ、入国審査官が見張る部屋から消えたとされる話である。M.シャドウズは、この話が本当かどうかは分からないが、そういう類の話に惹かれるので曲にすると面白いと思った、と述べている。
「Fermi Paradox」の題は、物理学者エンリコ・フェルミが指摘した矛盾から取られている。宇宙に知的生命が普遍的に存在すると確率的には推定できるのに、その証拠がまったく見つからないという問題である。M.シャドウズはこの曲が答えを提示するものではないと述べ、代わりに、あらゆる技術を手にする前の祖先が何をしていたのかを想像する視点を置いた。今の我々は一日中スマートフォンを覗き込んでいるが、かつては空を見上げて物事を考えていた、というのが彼の言葉である。
「Nobody」は8作目の先行シングルであり、2018年の「Mad Hatter」以来、5年ぶりの新曲でもあった。ストップモーションによる6分のビデオを手掛けたのはクリス・ホープウェル。彼はレディオヘッドとの仕事で知られ、以前にはザッキー・ヴェンジェンスと組んで「The Stage」のビデオも作っている。
2018年にバンドが活動を止めたのは、M.シャドウズの声帯に血豆ができたためだった。数か月にわたって声を休ませる必要が生じ、そこから約4年をかけて次のアルバムが少しずつ形になっていく。ツアーが再開されたのは、『Life Is But a Dream...』が完成した2023年である。
『Life Is But a Dream...』は、バンドとジョー・バレシの共同プロデュース、ミックスはアンディ・ウォレスが担当した。8作目にあたるこの作品のテーマは、人間の存在意義と死への恐怖である。バンドはカミュの『異邦人』から着想を得たことを明かしており、不条理小説の代名詞ともいえるその小説と同じく、絶望と希望がせめぎ合う構成になっている。
「We Love You」には、プッシー・ライオットのナージャ・トロコンニコワをゲストに迎えた「We Love You Moar」という別ヴァージョンがある。プッシー・ライオットは2023年6月、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン公演でオープニング・アクトを務めた顔ぶれのひとつだった。
「We Love You」の中心にある繰り返しのフレーズを、M.シャドウズはシャワーを浴びているときに思いついた。もっと、もっと、と欲望を並べていくだけの文句で、本人はそれをこの曲の核心を掴んだ瞬間だったと述べている。曲そのものは静かなアコースティックのパートと脈打つインダストリアルなパートを行き来し、バンドの中でも屈指の激しい絶叫が置かれている。
2026年7月に予告なく発表されたEP『Statica』は、4曲で18分7秒。ロボット的なヴォーカル、SF的なシンセ、エレクトロニック・ダンスのビートで構成され、『City of Evil』や『Hail to the King』にあった80年代メタルへの目配せはひとつも残っていない。2016年の『The Stage』、2023年の『Life Is But a Dream...』と続いてきた実験的な流れの、さらに先にある作品である。
2014年、バンドは自己資金で開発したゲーム『Hail To The King: Deathbat』を発表した。ハデスという架空の王国を舞台にした三人称視点のファンタジーRPGで、題材は自分たちのロゴであるデスバットの起源である。M.シャドウズはロサンゼルス・タイムズに、このゲームは視覚的にはすでに自ずと書き上がっていたようなものだったと述べ、マムフォード・アンド・サンズやコールドプレイからはゲームは生まれないだろうと付け加えている。
2022年、デスバットはアイアン・メイデンのモバイル・ゲーム『Legacy of the Beast』にキャラクターとして登場した。3体のデスバットがバンドのファンクラブ Deathbats によって選ばれている。エディが主人公を務めるゲームの中に、別のバンドのマスコットが入り込む形になった。
活動17年の時点で、バンドが公式に発表したカヴァーは3曲しかない。アイアン・メイデンの「Flash Of The Blade」とパンテラの「Walk」は、いずれも雑誌の付録CDのために録音されたもの。3曲目はワーナーのコンピレーション『Covered – A Revolution In Sound』に入ったブラック・サバスの「Paranoid」である。彼らが本来やりたかったのはミスター・バングルの「Stubb (A Dub)」だったが、レーベル側に却下された。シニスター・ゲイツは、ミスター・バングルを自分の一番好きなバンドに挙げている。
「Satan Sandwich」という曲がある。録音されたことは一度もなく、演奏されたのも2007年10月29日、ロサンゼルスのウィルターン・シアターでの一度きりである。YouTubeにその日の映像は残っているが、歌詞もリフも聞き取ることはほぼできない。客席の歓声がすべてを覆ってしまっているためである。
バンドが初めて国外で演奏したのは2004年2月、ロンドンのアストリアである。ロストプロフェッツとザ・ブロンクスの前座で、収容2,000人のこの劇場は現在は取り壊されている。ザッキー・ヴェンジェンスによれば、6人乗りのヴァンで移動する初めての本格的なツアーだった。彼らが国際的に最初に足場を得たのは、この国でのことである。
メタリカとの関係は長い。両者は何度もツアーを共にしており、ラーズ・ウルリッヒはアヴェンジド・セヴンフォールドを自分たちにとって近しく大切な存在だと述べている。ジェイムズ・ヘットフィールドはメタリカ主催のOrionフェスティヴァルで彼らのステージを自ら紹介し、彼らのやることは何でも気に入っていると語った。
2009年、バンドはロサンゼルスでスラッシュと共演し、ガンズ・アンド・ローゼズの「It's So Easy」を演奏した。カヴァーをほとんど作品にしない彼らだが、ステージ上ではパンテラの「Walk」やアイアン・メイデンの「Flash of the Blade」を取り上げることがある。
バンド名も曲の題材も聖書から取られているが、メンバー自身がキリスト教徒を名乗ったことはない。M.シャドウズは2013年の取材で、自分にも信じるものはあるが今ある形の宗教は信じない、ファンには信者もそうでない者もいるのでこの話には踏み込まないようにしている、ただ自分たちがクリスチャン・バンドでないことは確かだ、と述べている。
「Heretic」が扱うのは宗教的な狂信と魔女狩りである。M.シャドウズはセイラム魔女裁判と、1990年代に有罪とされた「ウェスト・メンフィス・スリー」を挙げ、着ている服や髪が長いという理由で終身刑にされることについての曲だと説明している。事実をそのまま見ることができなくなるほど信条に目を曇らせるな、相手に説明の機会も与えずに扉の前で焼き払おうとするな——そう言い直すための一歩下がった曲だという。
「Shepherd Of Fire」の主役は、火と硫黄で脅すのではなく、あちらの側の方がいい暮らしができると囁いてくる悪魔である。M.シャドウズはこれをローリング・ストーンズの「Sympathy For The Devil」に近い設定だと説明している。ちなみに曲の冒頭で雨のように聞こえる音は、実際には火の音である。
「Remenissions」というタイトルは実在する単語ではなく、歌詞の中にも一度も出てこない。人類が互いを殺し続けることを扱った曲で、当時のM.シャドウズは大規模な破壊を主題にした曲を、しばしば聖書を参照しながら書いていた。
『Waking the Fallen』の「Radiant Eclipse」は6分10秒あり、死についての曲とも、友人に裏切られた者の曲とも読める。二晩前に撃たれた、引き金を引いたのは友人だった——という一節から始まる。歌詞を書いたのはM.シャドウズで、ザ・レヴの荒々しいドラムを含め、この時期のメタルとパンクの融合を示す一曲になっている。
『City of Evil』の「The Wicked End」もヨハネの黙示録を下敷きにしている。M.シャドウズは信仰を持たないが、聖書の物語を歌詞の題材として繰り返し使ってきた。前作『Waking the Fallen』の「Chapter Four」もその一例である。
2007年のセルフタイトル作は、ザ・レヴが在籍したまま発表された最後のアルバムである。彼はこの作品の複数の曲でヴォーカルを担当しており、「Scream」もそのひとつ。冒頭の悲鳴はM.シャドウズの当時の恋人ヴァレリー・ディベネデットの声で、二人は2009年に結婚した。
ワーナーとの訴訟は、バンドがレーベルへ戻る形で決着している。M.シャドウズによれば、そもそもの目的は原盤権を取り戻すことにあり、7年条項はその手段だった。バンドを気にかけていなかった人間たちがワーナーを去り、新しい担当が飛んできて話し合った結果、キャピトルで出した1枚を経てワーナーへ戻り契約を終えることになったのだという。彼は、7年条項をめぐる係争のさなかに実際にアルバムを出したバンドは自分たちだけではないかとも述べている。
「Afterlife」についてM.シャドウズは、自分自身の姿を映して見ることについての曲だと説明している。死後の世界へ落ちて神々と口論し、まだ早すぎた、やるべきことをやり残したと気づく——父と仲直りできなかった、愛する者に愛していると伝えられなかった。だから手遅れになる前に今この瞬間を生きろ、というのがこの曲の言わんとするところだという。
「Critical Acclaim」でバンドが批判しているのは、戦地の兵士に指を突きつける人々である。M.シャドウズにはイラクへ行った親しい友人がおり、彼らを支持したかった。本人はこれを政治的な曲ではなく怒りの曲だと説明し、決定を下す立場にない人間がわめき散らしても何の助けにもならない、少し黙って世界をもう少しましな場所にしよう、という主旨だと語っている。
「Creating God」が扱うのは、計算機がどこまで賢くなったかという問題である。M.シャドウズはローリング・ストーン誌に、コンピュータはますます賢くなり、ある時点で人間にとっての神になる、彼らから見れば人間は類人猿か蟻のようなものだ、と語っている。人工知能を主題にした『The Stage』の中でも、題名が最も直接的な一曲である。
長いツアー生活の必需品を尋ねられたM.シャドウズは、2013年の取材で3つを挙げている。前年に生まれた息子——離れて暮らすことは考えられないので連れて行くつもりだという——と、コーヒー、そして睡眠と水分補給である。ツアー中はできるだけ会話をせず、インタビューも受けない。睡眠、水、そして口を使わないこと。喉を守るための実務的な三箇条だった。
『Hail to the King』でM.シャドウズが意識したのは、声を重ねないことだった。新しい曲のスタイルに合わせてヴォーカルを力強くしたかったが、そのために選んだのは多重録音ではなくシングル・ヴォーカルである。声が1つだけの方がかえって壮大に聴こえると、このとき初めて分かったのだという。