MICHAEL SCHENKER GROUP トリビア 全28件
MICHAEL SCHENKER GROUPにまつわる事実を、出典付きで28件掲載しています。
Trivia
日本武道館でのライヴ録音は、実は2作目のスタジオ盤がまだ世に出る前に行われていた。プロデューサーのロン・ネヴィソンが『MSG』をミックスしている最中に、バンドはもう日本へ発って録音していたのである。それにもかかわらず、と本人の公式サイトは書いている。日本の観客はなぜか新曲を既に知っていて、そのほとんどを一緒に歌っていた。
その武道館が、マイケル・シェンカーにとって初めての来日だった。スコーピオンズやUFOにいた頃から日本のファンは彼を待っていたのに、なぜかその時点まで一度も日本に来ていなかったのである。公式サイトによれば会場は1万人を超える規模で、本人は当時を振り返って、ビートルズのようだった、ファンは完全に熱狂していたと述べている。
1996年の『Written in the Sand』は、日本のレコード会社の申し出から生まれた作品である。1995年、日本の会社がMSGに大きな契約を持ちかけた。マイケルはこれをUFOにも使えると考え、MSGとUFOの2本立てにすること、そしてMSG側については日本以外の世界の権利も自分に渡すことを条件に応じた。会社はこれを受け入れ、彼は1本目をUFOの『Walk on Water』に充て、2本目が『Written in the Sand』になった。プロデュースはロン・ネヴィソンである。
2016年、マイケル・シェンカー・フェストは日本のLOUD PARKから、2日目の最後を締めるヘッドライナーとして出演を打診された。ところが彼はこれを断っている。初日のヘッドライナーがスコーピオンズだと分かったためで、プロモーターには翌年に改めて声を掛けてほしいと伝えた。結果として翌年ヘッドライナーを務め、公演はソールドアウトした。公式サイトはこの会場を、収容3万人という規模の屋内アリーナだと記している。
2018年の『Resurrection』は、公式サイトによればドイツのアルバム・チャートで10位以内に入り、日本では1位を記録した。マイケル・シェンカー・フェスト名義の作品で、ゲイリー・バーデン、ロビン・マッコーリー、グラハム・ボネット、ドゥギー・ホワイトという4人の歌い手が参加している。
2026年1月、マイケル・シェンカーは38年ぶりに日本武道館に立った。招聘はウドー音楽事務所で、公演名は「MY YEARS WITH UFO」。UFOでのデビューから50周年を記念し、キャリアを網羅した選曲で構成された。日程は1月26日のNHKホール、1月28日の日本武道館、1月29日の大阪フェスティバルホールである。
2026年の来日公演で、マイケル・シェンカーはある衣装で舞台に立った。公演を終えた2月3日、彼はなぜその格好を選んだのかを公式サイトで自ら説明している。70年代の自分の見た目を再現するためであり、その頃には日本に来られなかったからだ、というのである。武道館での初来日は、その次の年代のことだった。同じ投稿で、3公演に加わった演奏者たちと、ジャムに参加したマイケル・アモットへの謝辞が述べられている。
2025年10月3日の『Don't Sell Your Soul』は、翌年の武道館公演の記念盤として出された。日本のレーベルの作品ページは、MSGが45周年を迎えたこと、そしてこの作品が「MSG」名義であることを、かつての『飛翔伝説 MSG武道館ライヴ』と重ねて説明している。歌っているのはスウェーデン出身のエリック・グロンウォールで、H.E.A.Tを経て2022年にスキッド・ロウに加入した人物である。
マイケル・シェンカー・フェストという企画の発想は、単純なところから来ている。シェンカー本人の説明によれば、もう50年近くやってきたのだから、ファンが好きな曲を、そのオリジナル・バージョンを歌ったシンガーたちと一緒にやりたかった。それでゲイリー・バーデン、グラハム・ボネット、ロビン・マッコーリーに声をかけた。いずれも1980年代にマイケル・シェンカー・グループやマッコーリー・シェンカー・グループで一緒だった面々である。3人とも即答でOKだったという。まるで自分が声をかけるのを待っていたようだった、というのが彼の言い方だった。
マイケル・シェンカー・フェストは2016年、スウェーデン・ロック・フェスティバルから始まった。その年の8月には早くも日本公演が行われ、翌2017年にはラウド・パーク17のヘッドライナーを務めている。
その企画は、ライヴだけでは終わらなかった。シェンカーはさらに、自ら率いていたテンプル・オブ・ロックのドゥギー・ホワイトを加え、シンガー4人という体制でアルバム『レザレクション』を完成させている。日本盤は2018年2月28日、世界に先駆けて発売された。
2022年、名義はマイケル・シェンカー・グループに戻った。ただしシンガーの立て方が変わっている。この年の50周年USツアーでは、アメリカの日程をロニー・ロメロが、イギリスの日程をロビン・マッコーリーが務めるという、地域で分ける形が取られた。アメリカでは W.A.S.P. の40周年ツアーにスペシャル・ゲストとして帯同している。
2023年6月にスタジオへ入ったとき、シェンカーが作ろうとしていたのは1枚ではなかった。UFO在籍時の楽曲を録り直したアルバム、マイケル・シェンカー・グループの新作、そしてエレクトリックなインストゥルメンタル・アルバムの3枚である。理由は本人が語っている。自分がこの50年間やってきたことを人々に知ってもらうために、3作を同時に作りたかったのだという。
その3枚のうち、MSG名義の1枚が『Don't Sell Your Soul』である。2024年8月の時点でシェンカーは、大半の曲を元スキッド・ロウのエリック・グロンウォールが歌うこと、そこにロビン・マッコーリーと、共同プロデューサーであるマイケル・ヴォスも歌い手として加わることを明かしていた。
3枚のうち最初に出たのが『MY YEARS WITH UFO』で、2024年9月20日にearMUSICから発売された。UFO時代の曲を録り直した作品だが、参加した顔ぶれが尋常ではない。「Natural Thing」にディー・スナイダーとジョエル・ホークストラ、「Only You Can Rock Me」にジョーイ・テンペストとロジャー・グローヴァー、「Doctor, Doctor」にジョー・リン・ターナーとカーマイン・アピス、「Mother Mary」にスラッシュとエリック・グロンウォール、「This Kids」にビフ・バイフォード、「Love To Love」にアクセル・ローズ、「Lights Out」にジェフ・スコット・ソートとジョン・ノーラムが名を連ねている。
2026年1月の来日は、UFOに加入してデビューしてから50年という節目を記念するものだった。東京の日本武道館公演はソールドアウトとなり、追加公演としてNHKホールが発表されている。
2026年は、1月の来日で終わらなかった。10月24日、神奈川のぴあアリーナMMで開かれる「FULL METAL JAPAN 2026」に出演し、そこでは自分たちのベスト選曲を演奏することになっている。同じ年の1月に武道館をソールドアウトさせたばかりでの再来日である。
しかもフェス出演だけでは終わらない。2026年7月28日、大阪での単独公演が発表された。10月26日、Zepp Nambaでの一夜である。激ロックによれば、これは「FULL METAL JAPAN 2026」の出演バンドのなかで唯一の単独公演にあたる。
2026年の来日は1月だけでは終わらない。10月24日のFULL METAL JAPAN 2026に出演したのち、10月26日に大阪Zepp Nambaで単独公演を行う。激ロックによれば、このフェスの出演バンドで単独公演を行うのはMSGだけである。1月の武道館・NHKホール・大阪と合わせると、同じ年に二度の来日となる。
LOUD PARKを断った代わりに、彼はいつもの日本のプロモーターからの話を受けて、大阪・東京・札幌の3公演を行った。このうち東京国際フォーラム ホールAの5,000席が即座に売り切れたため、彼はこの公演を録音・撮影することに決める。公式サイトはこれを、まるでもう一度武道館のようだったと書いている。作品として発売されたのが『Michael Schenker Fest: Live Tokyo International Forum Hall A』である。
2026年1月の来日は、当初は武道館と大阪の2公演の予定だった。ところが両方とも売り切れたため、需要に応える形で東京にもう1公演が追加された。1月26日のNHKホールである。追加の告知は2025年9月8日、公式サイトで行われた。
2026年3月25日、公式サイトは日本の音楽誌BURRN!の読者投票でマイケル・シェンカーがまたギタリスト部門の1位に選ばれたことを伝えた。同時にグループ、アルバム、ソングライター、シャイニング・スターの各部門でも10位以内に入っている。彼はこの投票に対して、また1位に選んでくれてありがとう、またすぐ会えることを願っている、という短い言葉を寄せた。
2025年の秋、9月から10月にかけて、その『MY YEARS WITH UFO』を携えたアメリカ・ツアーが行われた。ここでもシンガーは固定されていない。ヨーロッパ・ツアーではエリック・グロンウォールが歌っていたが、アメリカ・ツアーではミスティック・プロフェシーのR.D.リアパキスが起用された。
シンガーが替わり続ける一方で、周りを固める顔ぶれは変わっていない。2025年のアメリカ・ツアー時点のバンドは、キーボードのスティーヴ・マン、ベースのバレンド・クルボワ、ドラムのボド・ショプフである。BARKSはこの3人を「お馴染みの」と紹介している。
ステージに現れるときの彼の手には、いつも同じ楽器がある。トレードマークである白いギブソン・フライングVである。2025年のライヴ・レポートも、彼がこのギターを手に「Natural Thing」から始めたと書いている。
長く彼を観てきた書き手が、変化として挙げていることがある。ステージでのMCである。BARKSのライヴ・レポートによれば、数年前にマイケルが初めてMCをしたときには本当に驚かされたのだが、それが今ではすっかり定番になっているのだという。
2022年のロサンゼルス公演には、その時点でメンバーではなかったグラハム・ボネットがマイケルの招待で客席に現れた。BARKSのライヴ・レポートによれば、バックステージではロニー・ロメロがすっかりボネットのファンのようになっていたという。歴代の歌い手たちの関係が続いていることを示す一場面である。
「Love To Love」に参加したのはアクセル・ローズだった。BARKSは2024年8月、シェンカーがアクセル・ローズを完璧主義者だと語ったと伝えている。ガンズ・アンド・ローゼズのフロントマンがUFOの曲を歌うという組み合わせは、このアルバムの企画の性格をよく表している。