FIVE FINGER DEATH PUNCH トリビア 全169件

FIVE FINGER DEATH PUNCHにまつわる事実を、出典付きで169件掲載しています。

Trivia

20周年の企画として旧曲にゲストを迎える一連の再録音があり、BABYMETAL に声がかかったのはその一環だった。SU-METAL によれば、2015年に海外の同じフェスティバルに両者が出演しており、そのことを覚えていてもらえたのならうれしいと思ったという。彼女が歌ったのは「The End」の原詞から着想を得てそれに基づいた日本語詞で、この曲に合う声を探して何度も試したと語っている。

出典: Better Noise Music(レーベル公式)プレスリリース

10作目『Legacy』は、配信とフィジカルで発売日が7週間離れている。デジタルが2026年7月31日、CD・アナログ盤・カセットが9月18日である。この9月18日は日本先行でも日本盤固有の日付でもなく、世界共通のフィジカル発売日で、日本盤(規格品番 STCD-0038)も輸入盤と同日に出る。日本盤にボーナス・トラックは無く、収録内容はバンド公式が発表した全10曲と同一である。

出典: Better Noise Music(レーベル公式)プレスリリース

バソリーは柔道家である。ツアーには道具も胴衣も、さらには畳まで持ち歩いていると2020年の取材で語っている。日本文化への親しみはそこから来ており、自宅も楽屋も日本風にしているという。柔道用語からいくつか日本語も覚えていて、自分の著作権管理会社には「テワザ」という名前を付けた。ギタリストなのだから「手技」でいいだろう、という彼なりの洒落である。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

2014年の KNOTFEST JAPAN の当日、ジェレミー・スペンサーは好きな日本のバンドを訊かれて LOUDNESS、BABYMETAL、DIR EN GREY の3組を挙げている。BABYMETAL については、日本にしか無い音楽だと思う、と述べた。その11年後の2025年、FFDP は BABYMETAL を迎えた「The End」の再録版を発表することになる。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(ジェレミー・スペンサー)

バンド名の出どころは、デビュー作の時期に公式サイトへ置かれていた「Did You know?」という一問一答の欄に本人たちが書いている。着想は映画『キル・ビル』の第2部で、実際の技の名は「五点掌爆心拳(Five-Point-Palm Exploding Heart Technique)」――カンフーの達人が最も見込みのある弟子にだけ伝えたとされる秘技である。長すぎる技名がバンド名として残ったわけではなく、そこから短く組み替えられた。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト「Did You know?」(Internet Archive 保存版)

SU-METAL が「2015年に海外の同じフェスで共演した」と語るとき、その名前はどの記事にも出てこない。当時の公式資料に当たると、両者が同じ週末に名を連ねていたドイツのフェスが2つ見つかる。ミュンヘンのオリンピアパークで5月29〜31日に開かれた ROCKAVARIA 2015 と、ゲルゼンキルヒェンの VELTINS-Arena で同じ日程で開かれた ROCK IM REVIER 2015 である。ただし日割りを見ると、Rockavaria では BABYMETAL が初日の29日、FFDP は翌30日。Rock im Revier では BABYMETAL が30日、FFDP は最終日の31日だった。同じフェスの出演者ではあったが、同じ日のステージには立っていない。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト ツアー欄(Internet Archive 保存版)

『Got Your Six』の日本盤は、本国盤より2日早い2015年9月2日にユニバーサル ミュージックから発売された。品番は UICN-1078、価格は税込2,585円。日本盤には「ユア・ノット・マイ・カインド」「ディス・イズ・マイ・ウォー」「アイ・アポロジャイズ」の3曲がボーナス・トラックとして加えられている。

出典: ORICON NEWS ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ「ゴット・ユア・シックス」作品ページ

デビュー作が日本盤として出たのは、本国発売から1年半以上あとの2009年2月18日である。品番は UICO-1161、レーベル表記は SPINEFARM、発売元はユニバーサルミュージック合同会社。13曲目に「ザ・ブリーディング(アコースティック・ヴァージョン)」がボーナス・トラックとして加えられている。

出典: ユニバーサル ミュージック ジャパン 商品ページ(UICO-1161)

『American Capitalist』の日本盤(2011年11月23日、品番 UICO-1227)には、パンテラのカヴァー「ア・ニュー・レヴェル」が12曲目に加えられている。オリコンの収録曲一覧がはっきり「日本盤ボーナス・トラック」と注記している唯一の FFDP 楽曲がこれである。

出典: ORICON NEWS ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ「アメリカン・キャピタリスト」作品ページ

2013年の2枚目、『…Volume 2』の日本盤は同年11月20日に2形態で同時発売された。通常盤は UICN-1051 の1枚組(税込2,305円)、初回限定盤は UICN-9017「デラックス・エディション」で CD と DVD の2枚組(税込3,457円)。レーベル表記は両者とも THUNDERBALL667 である。

出典: ユニバーサル ミュージック ジャパン 商品ページ(UICN-1051)

日本でこのバンドを扱う会社は一度替わっている。2009年から2015年までの日本盤はユニバーサル ミュージックから出ていたが、2017年12月8日発売のベスト盤『ア・ディケイド・オブ・デストラクション』(品番 GQCS-90475)以降はワードレコーズが発売元になった。翌年の『And Justice For None』日本盤の品番が GQCS で始まるのはそのためである。

出典: ORICON NEWS 作品ページ(『ア・ディケイド・オブ・デストラクション』GQCS-90475)

SLIPKNOT 主催フェスの初の日本開催となった KNOTFEST JAPAN 2014 は、2014年11月15日と16日、幕張メッセ国際展示場9〜11ホールで行われた。公式タイムテーブルによれば FFDP の出番は2日目の16日、14時00分から14時40分まで。KNOCK OUT MONKEY の次、WAGDUG FUTURISTIC UNITY の前という並びだった。

出典: KNOTFEST JAPAN 2014 公式サイト タイムテーブル(Internet Archive 保存版)

日本盤がまだ出ていない配信先行の段階でも、『Legacy』は日本のチャートに顔を出している。2026年8月5日公開の Billboard JAPAN「Top Download Albums」に75位で初登場した。表記はカタカナで「レガシー/ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ」、前週順位なし・チャートイン1週目という新規参入の扱いである。

出典: Billboard JAPAN「Top Download Albums」チャート

2013年8月の時点で、FFDP の前回の来日は2009年のサマーソニックだった。バソリーはその間隔について、アメリカで先に成功したためずっと国内をツアーしていたのだと説明している。長く来られなかったことを詫びたうえで、世界で一番好きな都市は大阪と東京であり、来日は第二の故郷へ戻るような思いなのだと語った。実際に次の来日となったのは、翌2014年の KNOTFEST JAPAN である。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2013年08月号掲載)

その2014年の来日には、フェス出演とは別の日程が組まれていた。11月20日、神奈川県横須賀市の米海軍横須賀基地にある Purdy Gym で、乗組員とその家族に向けた特別公演を行っている。主催は MWR と Armed Forces Entertainment。バンドは米軍将兵のために海外で何度も演奏してきており、ムーディは、故郷を遠く離れた場所にいる兵士たちに音楽を届けることを非常に真剣に受け止めていると述べている。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH Performs For U.S. Sailors In Japan: Video Report」

バンドは日本のファン向けに、日本語で投稿する Instagram アカウント「5FDP Japan」を運営していた時期がある。2015年の取材でジェイソン・フックは、アップロードのたびに日本語にしてできる限りやり取りできるようにしていると説明し、日本のファンに向けて何か特別なことをやりたくて思いついた企画だと語っている。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(ジェイソン・フック)

『The Wrong Side Of Heaven And The Righteous Side Of Hell, Volume 1』の日本盤は、UNIVERSAL INTERNATIONAL / Thunderball667 から品番 UICN-1041、税込3,200円で2013年7月31日に発売された。

出典: 激ロック ニュース(『The Wrong Side Of Heaven And The Righteous Side Of Hell, Volume 1』日本盤情報)

『And Justice For None』日本盤の初回限定盤は、ボーナス・トラックを末尾ではなく1曲目に置くという珍しい構成を採った。理由をバソリーはこう説明している。通常盤の1曲目「フェイク」は強い一撃を与える曲で、ベスト盤『ア・ディケイド・オブ・デストラクション』が初出の「トラブル」も同じくらい効く。それを CD の最後に回すのではなく、オープニング・ナンバーが2回ある形にした方が面白い、というわけである。

出典: BARKS「【インタビュー】ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ、大反撃を開始」(文:山崎智之)

結成20周年を機に出された『Best Of - Volume 2』の日本盤は、2025年10月24日発売。品番 STCD-0027、税込3,300円、レーベルは Better Noise Music で、歌詞対訳と解説が付いた。再録された16曲に加え、未発表のライヴ音源3曲が収録されている。

出典: 激ロック ニュース「FIVE FINGER DEATH PUNCH、結成20周年記念ベスト・アルバム『Best Of - Volume 2』10/24リリース決定!」

『F8』に合わせて、激ロックは2020年2月28日の金曜、渋谷の Music Bar ROCKAHOLIC-Shibuya- で公式リリース・パーティーを開いた。19時から23時まで、入場無料である。日本でこのバンドの新譜に公式のリリース・パーティーが立ったのは、この時期の日本での扱いを示す小さな記録でもある。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

アメリカでの成功の規模に比べると意外だが、『F8』(2020年)と『AfterLife』(2022年)には日本盤が作られなかった。タワーレコードも HMV&BOOKS online も、この2作は輸入盤としてのみ扱っている。日本盤が途切れていた期間は、2018年5月の『And Justice For None』から2025年7月の『Best Of Volume 1』まで、およそ7年に及ぶ。

出典: TOWER RECORDS ONLINE アーティスト商品一覧

2025年、日本盤の発売元はワードレコーズから BETTER NOISE MUSIC/SILENT TRADE へ移った。この体制での最初の作品が、20周年の再録ベスト『Best Of Volume 1』の日本盤(2025年7月18日、規格品番 STCD-0019、税込3,300円)である。

出典: TOWER RECORDS ONLINE 商品ページ 基本情報(STCD-0019)

アイヴァン・ムーディの合流は、実質的に猶予のないものだった。デビュー作の時期の公式サイトによれば、彼が金曜にオーディションを受け、明けた月曜にはもうスタジオで『The Way Of The Fist』本体を録っている。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト「Did You know?」(Internet Archive 保存版)

ゾルタン・バソリーが FFDP の前に在籍していた U.P.O. で弾いていたのは、ギターではなくベースだった。ギタリストとして知られる人物の経歴としては意外な一行だが、これも公式サイトが自ら書いていることである。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト「Did You know?」(Internet Archive 保存版)

創設メンバーのドラマー、ジェレミー・スペンサーには、FFDP 以前に W.A.S.P. に短期間在籍していた時期がある。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト「Did You know?」(Internet Archive 保存版)

2019年の「Blue On Black」新録版には、QUEEN のブライアン・メイ、カントリーのブラントリー・ギルバート、そして原曲の共作者であるブルース・ロックのケニー・ウェイン・シェパードが参加した。ミックスはケヴィン・チャーコ。参加アーティストと各レーベルは、この曲から生じる収益の全額を Gary Sinise Foundation へ寄付している。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト ニュース「Blue On Black」

そのブライアン・メイは、当時 QUEEN の伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』のプロデュース業務を抱えていた。公式サイトの発表によれば、彼はこの曲を気に入り、その仕事の合間を縫って専用のレコーディング・セッションと撮影を組んでいる。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト ニュース「Blue On Black」

2022年11月28日、バンドは公式サイトで METALLICA の M72 ワールド・ツアーへの参加を告知した。2023年から2024年にかけての帯同で、同ツアーはステージを客席の中央に置き、名物の「スネイク・ピット」をその中心へ移す新しい設計を採っていた。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト ニュース(Internet Archive 保存版)

RIAA のデータベース上、デビュー作『The Way of the Fist』のゴールド認定は2011年4月13日付である。発売から4年近く後で、Billboard 200 での最高位到達がすでに発売の1年後だったこのアルバムの売れ方と符合する。認定時のレーベル表記は PPK(Prospect Park)。

出典: RIAA(全米レコード協会)Gold & Platinum データベース

RIAA のデータベースには、2013年11月20日付でシングル「BAD COMPANY」の 1x Platinum 認定が記載されている。バソリー本人が当初は好きでなかったと語るあのカヴァーが、このバンドで最初にプラチナへ到達した音源であることになる。

出典: RIAA(全米レコード協会)Gold & Platinum データベース

RIAA のデータベースでは、『Got Your Six』が2024年1月19日付でプラチナ認定を受けている。同作から出た「Jekyll and Hyde」と「Wash It All Away」の2曲も、そろって2026年6月22日付でプラチナに達した。発売から10年前後を経ての認定であり、このバンドの音源が長い時間をかけて積み上がっていく型がここにも出ている。

出典: RIAA(全米レコード協会)Gold & Platinum データベース

ラスベガス市は11月1日を「Five Finger Death Punch Day」として正式に宣言している。またムーディは、地域での慈善活動が評価され、ワイオミング州シャイアン市から市の鍵を贈られている。

出典: Better Noise Music(レーベル公式)プレスリリース

2017年4月、ムーディは公式サイトに声明を出し、バンドを脱退するつもりはないと明言した。前日の自分の発言が文脈を外して報じられたのであり、実際に述べたのは、Prospect Park との契約と訴訟から抜けたあとサイド・プロジェクトを始めたいという趣旨だったという。あわせて彼は、同社が新作を差し止める訴訟を起こしたとき自分はリハビリ施設にいた、それを一度に受け止めるのは非常に難しかった、と書いている。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト「Ivan Moody Sets The Record Straight」(Internet Archive 保存版)

英国での成績は、アメリカでのそれとは形が違う。オフィシャル・チャート・カンパニー自身の集計では、総合アルバム・チャートでの1位は無く、トップ10入りが3作、トップ40入りが5作、トップ75入りが8作。最高位は『Got Your Six』の6位(2015年9月17日付、4週チャートイン)である。ただし同じページには、Official Rock & Metal Albums Chart で5作、Official Independent Albums Chart で2作の1位が記録されている。

出典: Official Charts Company(英国オフィシャル・チャート・カンパニー)アーティスト・ページ

バンド名は劇中の台詞そのままではない。バソリーは映画館でこの技名を耳にし、響きがばかげていると思って、これはバンド名にすべきだと考えたと2010年と2024年の取材で一貫して語っている。2024年の説明では、原語のままでは名前として響かないので縮めたのだと述べている。つまり出発点は『キル・ビル Vol.2』の技だが、いま名乗っている形は意図的に短くされたものである。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト「Did You know?」(Internet Archive 保存版)

FIVE FINGER DEATH PUNCH の結成は2005年、デビュー作『The Way of the Fist』の発表は2007年である。20周年を掲げた一連の企画は単年で完結しておらず、2025年に出た再録ベスト2作から、2026年のアルバム『Legacy』と「20th Anniversary World Tour」まで複数年にまたがる。ツアーの公式説明も、2005年の結成と2007年のデビューの両方を歩みの出発点として挙げている。

出典: Better Noise Music(レーベル公式)プレスリリース

『Legacy』の先行曲「Eye Of The Storm」は、2026年7月11日付の Billboard「Mainstream Rock Airplay」チャートで首位に立ち、バンドにとって同チャート通算18曲目の1位となった。同チャートは1981年に始まっており、連続1位の最長記録はこのバンドが持っている。

出典: Better Noise Music(レーベル公式)プレスリリース

バンドは全米陸軍協会(Association of the United States Army)から Soldier Appreciation Award を贈られており、2016年2月に公式サイトでそれを伝えている。よく引かれる「これを受けた音楽家は過去にエルヴィス・プレスリーだけ」という一文については注意が要る。これはバソリーの発言に由来するもので、AUSA 自身が公表している資料では確認できない。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト ニュース(Internet Archive 保存版)

デビュー作を出した頃の5人は、公式サイトの表記でこうなっている。アイヴァン・ムーディ(ヴォーカル)、ゾルタン・バソリー(ギター)、ジェレミー・スペンサー(ドラム)、マット・スネル(ベース)、ダレル・ロバーツ(ギター)。現在まで残っているのはバソリーとムーディの2人である。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト バンド紹介ページ(Internet Archive 保存版)

現在の所属先 Better Noise Music は、新しく作られた会社ではない。アレン・コヴァックが2006年に創業した Eleven Seven Music/Eleven Seven Label Group が、13年後の2019年10月29日に社名を変えたものである。FFDP はその改称を告知する同じリリースの中で、Better Noise Music の主要な新規契約アーティストとして名前を出されている。

出典: PR Newswire「Eleven Seven Label Group Rebrands As Better Noise Music」(公式リリース)

2017年6月14日、バンドは公式サイトでプレスリリースを出し、ヨーロッパ・ツアーの残り日程を BAD WOLVES のトミー・ヴェクストがムーディの代役として務めると発表した。同じリリースにムーディ本人の言葉も載っている。また断酒の誓いを破ってしまったことを恥ずかしく、面目なく思うと述べ、ティルブルフの公演の前からすでに不安定な状態だったこと、この状態で歌い続けるのはバンドにもファンにも不誠実であることを認めたものだった。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト プレスリリース(Internet Archive 保存版)

2017年7月10日、ムーディは公式サイトに「To All Five Finger Death Punch Fans」と題した文書を出した。バンド名義の発表ではなく、末尾に本人の署名がある自筆の声明で、治療施設に入って人生のあらゆる面を妨げてきた依存の問題に取り組んでいることを自ら明かしている。そこで予告したとおり、彼は同年8月19日、イリノイ州スプリングフィールドのイリノイ州フェアでステージに復帰した。

出典: FIVE FINGER DEATH PUNCH 公式サイト「To All Five Finger Death Punch Fans」(Internet Archive 保存版)

『Got Your Six』のRIAA認定は二段階で進んでいる。まず2016年8月8日にゴールド、そこから7年5か月を経た2024年1月19日にプラチナへ引き上げられた。この作品を「ゴールド」と書く資料と「プラチナ」と書く資料が併存するのは、どちらかが誤っているからではない。RIAAの台帳を参照した時点が2024年1月19日をはさんで前か後かの違いにすぎない。

出典: RIAA(全米レコード協会)Gold & Platinum データベース

『F8』の発売は2020年2月28日だが、RIAAのゴールド認定が付いたのは6年以上あとの2026年7月2日である。RIAAのデータベース上この作品に紐づく認定はこの1件だけで、ゴールドが最初の認定であると同時に現在の到達水準でもある。

出典: RIAA(全米レコード協会)Gold & Platinum データベース

10作目の制作地はロサンゼルスである。2026年5月15日、レーベルは先行シングル「Eye Of The Storm」を告知するなかで、このアルバムがロサンゼルスでレコーディング中であると明かした。長年の拠点だったラスベガスのスタジオではない。具体的なスタジオ名は公表されていない。

出典: Better Noise Music(レーベル公式)プレスリリース

20周年ワールド・ツアーでは、2026年の北米公演のチケット売上の一部がアメリカのオリンピック/パラリンピック競技者の支援に充てられる。配分先を選んだのはメンバー個人で、バソリーが挙げたのは全米柔道連盟(USA Judo)、ムーディは USA Cycling の BMX レーシングおよび BMX フリースタイル・チームだった。柔道家である本人の選択がそのまま出ている。

出典: Better Noise Music(レーベル公式)プレスリリース

ゾルタン・バソリーは2005年にこのバンドを始めたが、最初のアルバムになる素材を録り始めた段階でも、あえて名前を付けずにいた。音楽も歌詞も見た目も含めて一枚の絵として揃うまで名乗らない、という考え方である。候補名を並べたリストの中に FIVE FINGER DEATH PUNCH もあり、音が固まっていくにつれ、鳴っているものに最も近い一つとしてそれが残った。良い名前はたいてい先に使われているので、.com が空いているかどうかも確認したという。

出典: BLABBERMOUTH.NET「ZOLTAN BATHORY: How FIVE FINGER DEATH PUNCH Came Up With Band Name」

この名前は一度、変更が検討されていた。加入の際に相談を受けたアイヴァン・ムーディが、SLAYER や METALLICA と並べても遜色のないヘヴィメタルらしい名前だと言って強く押し戻したため、そのまま残った。ムーディは自分なりに比喩として通るように頭の中で捏ね直したとも述べており、由来が『キル・ビル』の第2部であることは彼の側からも語られている。

出典: Songfacts「American Capitalist by Five Finger Death Punch」(アイヴァン・ムーディの発言を引く)

バソリーは共産圏で育ち、英語を話せないままアメリカへ渡っている。持って行ったのは服を詰めた鞄ひとつと1,000ドル、そしてギブソンのエクスプローラー1本だけだった。壁に貼っていたポスターの人物たち――たとえば大ファンだったデイヴ・ムステイン――と、のちに4〜5本のツアーを共にすることになる。

出典: Loudwire(チャック・アームストロング)ゾルタン・バソリー インタビュー

ハンガリーから渡米した当初、バソリーは英語を話せなかった。独学の方法は変わっている。スティーヴン・キングの The Shawshank Redemption を辞書を引きながら一行ずつ訳し、そのうえで映画版を観て、訳した単語が実際にどう発音されるのかを耳で確かめたという。

出典: Songfacts「Five Finger Death Punch Artistfacts」

バソリーの弾き方を変えたのは ANTHRAX のスコット・イアンだった。刻んでいるものがダウン・ピッキングだけでは物理的に成立しないと気づき、オルタネイト・ピッキングを使っていることを見抜いたという。そのANTHRAXを観るために、彼はドイツまでヒッチハイクで出かけたことがある。

出典: Louder(Metal Hammer)「Zoltan Bathory: 10 guitarists that changed my life」

バソリーがバリトン・ギターを使うようになったきっかけは、渡米後に隣で練習していた MACHINE HEAD/SOULFLY のローガン・メイダーである。凄まじいギターの音がするので何を使っているのかと直接訊ね、勧められてバリトンを買いに行った。2000年の夏のことで、以来ずっとバリトンを弾き続けているという。

出典: Louder(Metal Hammer)「Zoltan Bathory: 10 guitarists that changed my life」

バンドが「頭が空っぽ」と見られることについて訊かれたとき、バソリーはある程度面白がっていると答えたうえで、自分は音楽の前に長年宇宙産業で働いており、宇宙・航空の分野で各国に特許を持っていると述べている。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch: The Wrong Side Of Heaven album interview」

アリーナを埋める規模になってからも、このバンドはメジャー・レーベルに所属していなかった。2013年の取材でバソリーは、自分たちはインディー・レーベルのバンドであり、そのレーベルに在籍しているのは FFDP だけ、従業員は3人しかいないと説明している。だからアーティスト側が完全に主導権を握っているのだという。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch: The Wrong Side Of Heaven album interview」

『And Justice For None』は、バンドがその小さなレーベルから出した最後の作品になった。バソリーによれば、それまでの7作はすべて同じインディーからのリリースである。全米で成功したぶん、莫大な宣伝費を持つメジャーに支えられていると長く誤解されてきたが、実際には従業員が3〜4人、所属バンドは FFDP だけという規模だった。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

『And Justice For None』は2016年の時点ですでに出来上がっていたが、レコード会社プロスペクト・パークとの契約上の調整が終わるまで発売できなかった。バソリーはこれを喧嘩別れではないと明言している。条件が折り合わず詰め直す必要があっただけで、今もレーベルのスタッフに友人がいて私怨は一切ない、ただ調整に時間がかかったのは事実だ、という説明である。

出典: BARKS「【インタビュー】ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ、大反撃を開始」(文:山崎智之)

レーベル、プロスペクト・パークとの係争は2017年に和解によって決着した。

出典: Louder(Metal Hammer)「How Five Finger Death Punch were reborn with AfterLife」

アルバム題は、長い訴訟が終わったときにアイヴァン・ムーディが漏らした一言そのものである。バンドが通ってきた状況を言い当てていたので、そのままタイトルにした。METALLICA への目配せでもあり、ネット上の批判者を苛立たせるだろうことも承知のうえだったとバソリーは述べている。BARKS の取材では元になった "and justice for all" がアメリカの公式行事で暗誦される「忠誠の誓い」の一節であること、そして裁判に勝者はおらず儲かったのは弁護士だけで「正義」などどこにも無かったことも語っている。

出典: Guitar World「'And Justice For None': Zoltan Bathory Discusses Five Finger Death Punch's Latest Album」

2作目の題名は皮肉として付けられている。制作時は中東での戦争のさなかで、街には「War is not the answer(戦争は答えじゃない)」と書いたボードを掲げてデモをする人があふれていた。その標語をひっくり返し、「でも結局のところ、戦争が答えなんじゃないのか」と問い返す形にしたのだとバソリーは説明している。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

3作目の題名も、同じ皮肉の系列にある。当時のアメリカでは社会主義的・共産主義的な考え方が人々の意識に上りはじめ、ウォール街を占拠しようという動きが起き、資本主義そのものが攻撃されていた。だからこそ、あえて『American Capitalist』と名乗ったのだとバソリーは述べている。共産圏で育った人物がこの題名を選んでいる点は、その背景を知ると意味合いが変わる。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

あの異様に長い題名は、もともと2つの短い題名になるはずだった。1枚目を『Wrong Side Of Heaven』、もう1枚を『Righteous Side Of Hell』とする案である。話し合いの末にそれが一つへ統合された。24曲を一度に消化させるのは聴く側に酷だという判断から発売時期をずらし、2枚がつながっていることを示すために Volume 1/Volume 2 とし、ジャケットも似せた。4作目と5作目ではない、というのがバンド側の強調したかった点だった。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2013年08月号掲載)

8作目の題名は、最初はただの「8」になるはずだった。8枚目だからという単純な理由に、8を横倒しにすると無限大の記号になるという意味づけが乗っている。バンドのグッズやグラフィックの大半を自分で手がけるバソリーが視覚的に触っているうちにもう一要素欲しくなり、案を出し合って「F」を足した。結果として「FIVE FINGER DEATH PUNCH の8作目」であり、音読すれば fate とも読める。日本での取材では、当初これはメール上の仮称にすぎなかったこと、fate だけでなく faith とも読めることも語られている。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH Guitarist Explains 'F8' Album Title」

『F8』のジャケットに描かれているのは、自分の尾を食う蛇「ウロボロス」である。8を横倒しにすると無限大の記号になること、そして蛇のこの意匠がインカやヴァイキングを含む複数の文化に現れ、生と死と再生の循環を表すことが選択の理由だとバソリーは説明している。彼がこのアルバムに与えた言葉は「Rebirth」だった。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

9作目の題名は、アイヴァン・ムーディ自身の臨死体験から来ている。断酒による離脱症状で倒れた際、およそ3分半のあいだ死んだ状態にあったと本人は語る。蘇生させられて最初に口から出た言葉は「バンドには言うな」だった。自分が死にかけたことよりも、それをバンドに知られることの方が心配だったのだという。彼はこのアルバムを「目覚め」と呼び、これがアフターライフだと述べている。

出典: Louder(Metal Hammer)「How Five Finger Death Punch were reborn with AfterLife」

2013年の2枚組のジャケットは、Volume 1・2ともに『Batman』『Spawn』で知られるコミック作家グレッグ・カプロが描いている。バソリーは自分の好きなイラストレーターの一人だとして、彼をインクをぶちまけた暴力の「ダーク・ロード」と呼び、本人がメタルヘッドで一緒の作業は愉快だったと述べている。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH: 'The Wrong Side Of Heaven' Vol. 1 Cover; New Song Snippet Unveiled」

そのジャケットに立つ2体の天使には、それぞれ「正義」と「自由」という役が振られている。どちらもマシンガンを持っているが、仕掛けは持ち物の方ではない。通常は目隠しをされているはずの正義がこちらを見つめており、代わりに自由の方が目隠しをされているのである。バソリーは、神をめぐる議論に波風を立てるための意匠だと述べ、気づく人は気づくし気づかない人は何も思わないだろう、とも言っている。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch: The Wrong Side Of Heaven album interview」

『American Capitalist』は発売の翌月からジャケットが差し替えられている。2011年11月22日以降に出回った通常盤は、マスコットのナックルヘッドがニューヨークのタイムズスクエアを背に立つ絵柄になった。元はツアー・ポスター用に作った別デザインで、これを気に入ったファンから「ジャケットにすべきだ」という声が多く届いたのが理由だとバソリーは説明している。自分たちは「人々のバンド」だから、というのが彼の言い分だった。差し替えは通常盤のみで、デラックス盤のアートワークは元のままである。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH's 'American Capitalist' To Be Made Available With New Artwork」

2作目を書くにあたり、加入したばかりのジェイソン・フックは文字どおりバソリーの家に引っ越し、2ヶ月半ほどそこで暮らした。毎朝コーヒーを飲みながらリフを投げ合い、部屋では複数のパソコンと電子ドラムマシンが回り続けていたという。

出典: Guitar World「Five Finger Death Punch: Fight Club」(マイケル・ウッド)

『American Capitalist』のベースは、全曲プロデューサーのケヴィン・チャーコが弾いている。ジェイソン・フックは彼を「6人目の5人目」と呼び、シンガーソングライターでありながらキーボードもドラムもベースもギターも弾いて歌える種類の人間だと評した。

出典: Guitar World「Interview: Jason Hook of Five Finger Death Punch on 'American Capitalist'」

バソリーが同じプロデューサーと組み続ける理由は、作業速度に直結している。彼は一つのリフを100テイク近く録り、そのうち「魔法がかかった」7〜9本を聴き返して自分で特定できる。ケヴィン・チャーコは言われなくてもまったく同じテイクを選ぶのだという。

出典: BLABBERMOUTH.NET「ZOLTAN BATHORY: Why FIVE FINGER DEATH PUNCH Keeps Working With Producer KEVIN CHURKO」

バソリーの機材まわりは意外なほど禁欲的である。信号経路にエレクトロニクスを挟むのを好まず、ギターから Diamond のヘッドへ直結する。歪みの量はボリュームと、ピッキングの強さで作るのだという。

出典: Guitar World「'And Justice For None': Zoltan Bathory Discusses Five Finger Death Punch's Latest Album」

「Never Enough」をめぐって、ムーディとバソリーはマネージャーに引き離されるほどの衝突を起こしている。場所はロサンゼルスにある KORN のスタジオで、発端はバンド外の人物が「もっとポップな曲をやるべきだ」と持ち込んだ案だった。ムーディがそれに沿って書きはじめたところへバソリーが入ってきて全否定した。バソリーはこれを、自分たちがやらないと誓っていたことそのものだと述べ、外部の第三者が制作に関与したのはキャリアで唯一この時だけだったと振り返っている。

出典: Louder(Metal Hammer)「'You're a control freak': Five Finger Death Punch's Ivan Moody and Zoltan Bathory square off」

表題曲の録音中、ムーディは歌いながら壁を殴っていた。その音がマイクに乗ってしまうため、バンドは何度も彼を止めなければならなかったという。バソリーは、腹を立てているときの彼は「歌う」という経路を通れず声で発散するしかない、歌っている感情を本当に生きていることは疑いようがない、と説明している。

出典: Songfacts「War Is The Answer by Five Finger Death Punch」

バンドの代表曲の一つになった Bad Company のカヴァーを、バソリーは当初まったく好きではなかった。ヨーロッパで IRON MAIDEN と英国パンクを聴いて育ったため原曲を知らず、自分には何の意味も持たない曲だったという。愛好していたのはムーディの方で、デビュー作のあとヘッドライナー公演をやるようになって演奏できる曲が足りず、セットに放り込んだのが始まりだった。ライヴでの反応が良かったので、翌年のアルバム用に録音された。

出典: Guitar World「Five Finger Death Punch: Fight Club」(マイケル・ウッド)

「The House of the Rising Sun」をロックとして成立させるために、バンドは原曲の拍子そのものを変えている。6/8 はワルツであって、ロックとワルツは噛み合わない――というのがバソリーの見立てで、4/4 に組み直した。課題は「どうやってこの曲を成立させるか、どうやってあの間の抜けた感じを取り除いてロックの構造へ持っていくか」だったという。

出典: Songfacts「The House Of The Rising Sun by Five Finger Death Punch」

「Wrong Side Of Heaven」の核になっている小さなリフを、バソリーはおよそ20年のあいだ手元に置いたままにしていた。特別なものを掴んだ自覚はあったが、だからこそ台無しにするのが怖く、時機が来るまで録らずにいたのだという。録音の際にはプロデューサーのケヴィン・チャーコに、思ったとおりにならなければ引っ込めると先に宣言していた。自分にとって重要すぎて、無駄には使えないという理由だった。

出典: MusicRadar(ポール・エリオット)「Wrong Side Of Heaven」制作記事

バンド最初のヒットになった「The Bleeding」は、ムーディによれば二部構成の曲である。前半は元婚約者との別れ、後半は解散した前のバンド MOTOGRATER について書かれている。彼にとって MOTOGRATER は家族に最も近い存在で、それが崩れたことと、彼女との関係が同時に細っていったことが、人生の大きな部分を持って行ったのだという。関係の歌に聞こえるのは事実そのとおりだが、失っているものが2つある。

出典: Songfacts「The Bleeding by Five Finger Death Punch」(Blistering のインタビューを引く)

デビュー作の表題曲と「Meet the Monster」は、ムーディが前のバンド MOTOGRATER の人間と、ツアーを共にした他バンドの人間に向けて書いたものである。シーンから離れた途端に誰も電話に出なくなり、忘れられていく――よく聞く話だが本当に起きて、それが自分を打ちのめしたと彼は語る。面と向かって言う機会も、電話が掛かってくることも無さそうだったので、代わりに曲にした。

出典: Songfacts「The Way Of The Fist by Five Finger Death Punch」

この曲名について、バンドの二人はそれぞれ別のことを語っている。ムーディにとっては自分が今いる場所の名前である。天国に触れる機会も、地獄で燃える機会も本当には訪れず、その中間の煉獄にただ留まっている――すべてが灰色だ、という感覚だという。一方バソリーは、任務に就く兵士の道徳的な板挟みとしてこの題名を説明する。国とその理念を守るために志願し、市民には想像もつかないことをしなければならなくなった人間が、これは正しいのか間違っているのかと考え続ける、その状態が「天国の間違った側」なのだと。

異説あり出典: Songfacts「Wrong Side of Heaven by Five Finger Death Punch」(Loud TV での発言を引く)

あれほど知られた曲になった「Wrong Side Of Heaven」は、そもそもシングルにする予定が無かった。バソリーがレーベルへ出向き、この曲と歌詞を使って深刻な問題を支援したいと提案したことで動き出したものである。彼の原案をもとにニック・ピーターソンが監督したビデオは、住む場所を失った退役軍人の現状を描いた。バソリーによれば、これに紐づく寄付は25万ドルに達している。撮影時バンドはツアー中で立ち会っておらず、最初のラフ映像を観たとき彼は言葉に詰まったという。

出典: MusicRadar(ポール・エリオット)「Wrong Side Of Heaven」制作記事

「Jekyll And Hyde」の歌詞は、書かれたというより収集されたものに近い。ムーディが深夜4時から5時にかけてジェイソン・フックの留守番電話へ残していった大量のメッセージが元になっている。フックはそれらをハードドライブに保存しており、そこから各ヴァースが組み立てられた。完成した曲には彼の留守電の音声そのものがヴァースの一部として残っており、アルバムの最後にもそのメッセージが置かれている。

出典: BLABBERMOUTH.NET(ジェイソン・フックの発言)

ムーディによれば、その一連の深夜のメッセージの発端は、午前4時にネット上で見た自分の偽の訃報だった。持っているはずのない自分名義の Facebook ページに投稿があり、その下の方にニューヨークの葬儀社の名前まで並んでいたという。

出典: Songfacts「Jekyll And Hyde by Five Finger Death Punch」

「Jekyll And Hyde」のビデオは、レコード会社プロスペクト・パークに相談せずバンドだけで作られている。監督すら立てず、意味が通ってしまわないように意図的に組み立てたという、当時の関係を考えるとかなり率直な作り方だった。

出典: Songfacts「Jekyll And Hyde by Five Finger Death Punch」

「Under and Over It」の歌詞は、音楽ニュース・サイトのコメント欄に匿名で攻撃的な書き込みをする人々への、そのままの返答としてフックが説明している。ムーディが最初に書いた歌詞はもっと直截で、バンド側が「もっと巧い言い方があるはずだ」と押し戻し、案を出し合った末に「I'm under and over it」という形に落ち着いた。

出典: Loudwire(ジェイソン・フックの説明)

「Under and Over It」のギター・ソロが簡素なのは、弾けなかったからではなく意図的である。フックは、エディ・ヴァン・ヘイレンが「Ain't Talkin' 'Bout Love」のソロについて語った記事を読んだことを挙げ、曲が求めているものを弾くという考え方でこのソロを削ったと述べている。

出典: Songfacts「Under And Over It by Five Finger Death Punch」

シングル「Coming Down」の発表にあわせて、バンドは米国の自殺予防ホットライン National Suicide Prevention Lifeline と提携した。ファンのあいだで自殺予防への意識を高めることを狙った取り組みで、ミュージック・ビデオの末尾にはホットラインの全国共通番号が表示される。

出典: Songfacts「Coming Down by Five Finger Death Punch」

インストゥルメンタル曲「Canto 34」の実現を強く押したのは、意外にもヴォーカルのムーディだった。バンドの演奏だけを聴きたい、ただ弾き倒してほしい、というのが彼の要望だったという。題名はダンテ『神曲』地獄篇、第九圏の最後の歌に由来する。アルバム制作の最後に手を付けた曲であり、しかも制作そのものが地獄めぐりのようだった――重圧、やることの多さ、時間の無さ――ので、ふさわしい題名だとバソリーは考えた。

出典: Songfacts「Canto 34 by Five Finger Death Punch」

「Battle Born」は、2年にわたるツアーを終えた直後のムーディの消耗から出てきた曲である。地球のほぼ全ての場所を見て、握れる手はすべて握ったように感じ、時間の感覚を失い、フライトも移動も公演もすべて溶けて一つになった。家族も友人も遠い記憶になっていた。夢に見た通りのことをやっているのに、持っている力を全部使い果たしていた――そこから、戦う価値のあるものは血と汗と犠牲を通してしか手に入らない、だから我々は皆 battle born なのだ、という結論に至ったのだという。

出典: Songfacts「Battle Born by Five Finger Death Punch」

「Sham Pain」は champagne をもじった題名である。祝杯の酒を意味する語を2語に割ると「まがいものの痛み」になる。夢だったはずの生活がしばしば悪夢でもあり、不愉快な義務や法的な厄介ごとを抱えている――それでも文句を言うべきではないと分かっている、という位置に立つ曲だ。

出典: Songfacts「Sham Pain by Five Finger Death Punch」

『F8』の先行シングルであり冒頭曲でもある「Inside Out」について、ムーディはそこまでの2年半に起きたことがほぼすべて入っていると語っている。一連の出来事のあとに書いた最初の曲で、溜まっていた感情をようやく治療的な形で外に出せた。アルコール依存のこと、家族が去ったこと、バンドの仲間たちのこと、そして鏡の中の自分に向かって「誰も助けには来ない、自分でやるしかない」と言い聞かせたことについての曲だという。

出典: Louder(Metal Hammer)「Addiction, fights and intervention from the 'Metal Godfather'」

『F8』の「Darkness Settles In」の題材は、ムーディが実際に見ていた夢だとバソリーは説明している。依存が続いていた時期、彼は自分が酒を飲んでいるという悪夢で目を覚ますことがあった。あまりに生々しいので、それが夢だったのか本当に飲んでしまったのかが分からず、空き瓶を探して部屋を見回すことになる。曲はその状況を扱っている。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

同じアルバムの「A Little Bit Off」は、題名がそのまま出発点になっている。ムーディがスタジオに来て、今日は自分が a little bit off だ、気分が変でイライラする、と口にした。そこから歌い出したフレーズが曲になった。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

『F8』を締めくくるバラード「Brighter Side Of Grey」の歌詞は、アルバムより前、ムーディがまだ酒を断てずにいた時期に書き溜められていた。バソリーによれば、断酒しては戻り、また断っては戻るという繰り返しの中で、このまま抜け出せずに終わるかもしれないという恐怖があった。彼には子供がいる。もしそうなってしまったら、この歌詞を子供たちや世間の人に読んでほしい、これが自分からのさよならだ――そう言って書いていたものだという。バンドはその断片に合う曲ができるのを長く待っていた。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(2020年03月号掲載)

「A Little Bit Off」のビデオは、当初は天使と悪魔による壮大なチェス対決として構想されていた。ところが構成を固めた直後に『F8』が発売され、そのタイミングでコロナ禍が欧米を覆った。結果としてできあがったのは、天使と悪魔の扮装をしたバソリーとベースのクリス・ケイルがチェスを指すだけの最小構成の映像で、無人のラスベガス中心部を歩くムーディの姿が併せて映る。

出典: Songfacts「A Little Bit Off by Five Finger Death Punch」

「I Apologize」のビデオは、ロサンゼルスのエンジェルス・ローズデール墓地で撮影された。ムーディが墓地を歩くあいだ、エルヴィス・プレスリー、ジミ・ヘンドリックス、カート・コバーン、エイミー・ワインハウスといった名前の墓石が次々に映る。最後に彼が掘るのは自分の墓で、そこに立つ墓石には生年だけが刻まれ、没年の欄は空白のままになっている。

出典: Songfacts「I Apologize by Five Finger Death Punch」

「The House of the Rising Sun」のビデオはバソリーがブライアン・ニールと共同で監督し、ネバダの砂漠で撮影された。歌詞が博打と酒の話なので、古典的な西部劇にある拳銃を振り回す賭場の場面をやりたかったのだという。ただし自分たちが馬に乗っている姿がどうしても想像できなかったため、時代を移し、実際に乗っている車とバイクを使った『マッドマックス』風の終末世界に置き換えた。

出典: Songfacts「The House Of The Rising Sun by Five Finger Death Punch」

バソリーが『AfterLife』で最も冒険的だと呼んでいるのは「Judgement Day」である。神聖幾何学、ヘミシンクによって同期させられた意識、そしてDMTの使用者が報告する「マシン・エルフ」の奇妙な世界を、音の万華鏡として並べた曲だという。

出典: Louder(Metal Hammer)「Zoltan Bathory's track by track guide to Five Finger Death Punch's new album AfterLife」

同じアルバムの「Welcome To The Circus」は、アリーナ向けの直球でありながら、あまり婉曲でない社会批評でもあるとバソリーは説明している。標的は「いいね」や「高評価」への依存で、そのデジタルなドーパミンのためなら人はほとんど何でもする、という趣旨だ。

出典: Louder(Metal Hammer)「Zoltan Bathory's track by track guide to Five Finger Death Punch's new album AfterLife」

『AfterLife』期に世に出た「The Tragic Truth」は、実は2011年の『American Capitalist』のために書かれ、そのときは収録されなかった曲である。歌詞とビデオが描いているのは、ムーディが酒を断った直後に身体が機能を停止した臨死の場面だった。11年前に書かれた曲が、その後に起きたことを説明する位置に回ってきたことになる。

出典: Louder(Metal Hammer)「How Five Finger Death Punch were reborn with AfterLife」

2017年11月、プーチン大統領の側近ヴラジスラフ・スルコフがロシア国営 RT に寄せた論説の中で、FFDP の「Wash It All Away」の歌詞が引用された。スルコフはその一節が予言のようであり、判決のようであり、新しい時代の標語のように響くと書いている。バソリーはこれに対し、当時バンドがちょうどモスクワで公演していたことに触れ、冷戦を作り出すべきではないと応じた。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH Lyrics Used In Russian Editorial Criticizing The U.S.」

ロブ・ハルフォードが「Lift Me Up」に迎えられた経緯は、思いつきから始まっている。プロデューサーのケヴィン・チャーコがオジー・オズボーンと仕事をしていたことから、まずオジーに歌ってもらってはどうかという案が出た。そこでバソリーが、ならばメタル・ゴッドのロブ・ハルフォードはどうかと言い出し、他の全員に「そんなのは無茶な夢だ」と一蹴されている。実際に連絡を取ると、マネジメントからはレコーディング中で時間が無いと断りが来た。それでも曲は本人の耳に届き、電話をかけてきたのはハルフォードの方だった。1週間後には彼はラスベガスで歌っていた。

出典: MusicRadar(ポール・エリオット)「Lift Me Up」制作記事

ハルフォードは自分のパートを録るためにバンドの地元ラスベガスまで出向いている。空港へ迎えに行ったのはバソリーだった。寿司を食べに向かう車中で、昔あなたのポスターを壁に貼っていたと伝えながら、事故を起こさないようにするのに必死だったと彼は振り返っている。

出典: MusicRadar(ポール・エリオット)「Lift Me Up」制作記事

その「Lift Me Up」のリフを持ち込んだのは、バソリーの記憶によればジェイソン・フックである。曲調が80年代を思わせたので、彼は当初この曲に「1986」という仮題を付け、メタルの黄金期に敬意を払おうと提案していた。

出典: MusicRadar(ポール・エリオット)「Lift Me Up」制作記事

そのハルフォードを迎えた「Lift Me Up」は、2014年4月23日にロサンゼルスのクラブ・ノキアで開かれた第5回 Revolver Golden Gods Awards で Song Of The Year を受賞している。

出典: BLABBERMOUTH.NET「REVOLVER GOLDEN GODS List Of Winners」

同じアルバムで LL・クール・Jの「Mama Said Knock You Out」を取り上げ、テック・ナインを迎えた理由を、バソリーは正面から説明している。10年から15年前ならメタルとヒップホップの共演は当たり前で、そのときならやらなかった。今はそれがタブーになっている。だからやりたいのだ、と。反抗するというのはそういうことであり、今日それは冒涜にあたるが、構わずやったのだという。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH: Why We Decided To Cover LL COOL J's 'Mama Said Knock You Out'」

2021年に亡くなったラッパー DMX との共演曲「This Is The Way」は、通常とは逆の手順で作られている。バンドは彼のマスター音源を手に入れたうえで、その下に入っていた音楽を取り去り、ヴァースに合わせて新しい曲を書き、自分たちのスタイルへ溶かし込んだ。バソリーはこれを「リバース・エンジニアリング」と呼んでいる。バンドは以前から DMX を、攻撃的で荒く飼い慣らされないスタイルゆえに「ヒップホップのメタルヘッド」だと見なしてきたという。

出典: Loudwire(チャック・アームストロング)ゾルタン・バソリー インタビュー

クリス・ケイルがこのバンドのベーシストになった経緯は、Facebook のメッセージ1通から始まっている。ラスベガスで SYSTEM OF A DOWN のライヴを観ながらステージを眺めているうちに、欲しいなら取りに行くしかないと思い立った。その夜帰宅して彼がジェイソン・フックに送ったのは、「自分が適任だ。電話をくれ。必要なのはオーディションだけだ」という短いものだった。翌日フックから来た返信は「歌はどうだ」。以前のプロジェクトでリード・ヴォーカルを取っていた彼は自作曲の音源を送り、オーディションに呼ばれた。

出典: BLABBERMOUTH.NET「New FIVE FINGER DEATH PUNCH Bassist Talks About His Audition」

そのオーディションで決め手になったのは、演奏だけではなかったとバソリーは語っている。現れたケイルがムエタイのTシャツを着ていたので格闘技をやるのかと訊ね、ツアー中の趣味だという答えを得た。リングに上がるには度胸が要る、というのが彼の見方である。バスで年に300日を共にする相手として、穏やかな人物であることも重視された。その場にいなかったムーディへは電話で「見つけた」と伝え、その夜の食事で決定している。

出典: BLABBERMOUTH.NET「New FIVE FINGER DEATH PUNCH Bassist Talks About His Audition」

ジェイソン・フックは加入にあたって、はっきりした条件を一つだけ出していた。創作面で対等なパートナーになれること、である。当時の彼はアリス・クーパーのツアーで十分に食べていけるギタリストで、金銭が目的ではなかった。書くことと録ることに関われるのでなければ移る意味がない、というのが本人の説明だった。

出典: Guitar World「Interview: Jason Hook of Five Finger Death Punch on 'American Capitalist'」

共同創設者のドラマー、ジェレミー・スペンサーは2018年12月に脱退を表明した。BREAKING BENJAMIN との共同ヘッドライン・ツアーの秋の日程を欠場し、2度目の背中の手術を受けた直後のことである。彼は声明で、6歳からドラムを叩いてきたこと、長年の身体的負荷が手術につながったこと、そのうえで身を引くのが最善だと感じることを述べた。

出典: BLABBERMOUTH.NET「Drummer JEREMY SPENCER Exits FIVE FINGER DEATH PUNCH」

チャーリー・エンゲンに最初に声をかけたのは、その席を空けることになるスペンサー本人だった。二人は1年半ほど SNS 上でやり取りがあり、スペンサーはエンゲンの演奏を高く評価して、もっと大きな舞台に立つべきだと言っていた。やがて、秋のツアーを降りたいので代わってほしいという話になる。エンゲンはシカゴの公演へ赴いて3曲を一緒に演奏した。本人はこれを「事実上のオーディション」と呼び、演奏力の確認と同時に、3〜4日一緒に過ごして自分が変な人間でないかを確かめるのが主眼だったと語っている。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH Drummer CHARLIE ENGEN: How I Ended Up Joining The Band」

エンゲンがこのバンドで最初に叩いたのは2018年11月6日、カンザス州ウィチタである。正式な発表の前は「The Engine」と呼ばれるドラムの神童としてのみ紹介されていた。ミネソタ州セントポール在住で、15年以上ドラムを教えており、自宅スタジオで対面と Skype のレッスンをしながら SCALE THE SUMMIT と IDEOLOGY で叩いていた人物だった。スタジオ盤での初参加は『F8』になる。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH Drummer CHARLIE ENGEN: How I Ended Up Joining The Band」

アンディ・ジェイムズがこのバンドで最初に録音した曲「Broken World」は、新曲ではなかった。数年前に旧レーベル向けに録ったまま未完成で眠っていたトラックで、欠けていたのがギター・ソロだけだったのである。それをジェイムズに送って弾かせ、彼の加入を記念する曲になった。録音はウェールズの自宅からのリモートだった。

出典: Guitar World「Five Finger Death Punch's Zoltan Bathory and new recruit Andy James on new beginnings and shred in the era of Covid」

このバンドは6弦をバリトン・チューニングで弾いており、バソリーによれば弦のゲージは .013 から .070 である。主に7弦を弾いてきたアンディ・ジェイムズは加入時に6弦を持っておらず、レパートリー全曲を移調して覚えなければならなかった。

出典: Guitar World「Five Finger Death Punch's Zoltan Bathory and new recruit Andy James on new beginnings and shred in the era of Covid」

ムーディは最後に本当の喧嘩をしたときのことを、こう振り返っている。ラスベガスのバーで刺され、腹に27本のステープル、喉に13針、背中と腕にさらに17針を要した。4日後のリハーサルで声が出ず、そのままの生き方を続けるなら辞めてもらうしかないとメンバーから告げられたという。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch: The Wrong Side Of Heaven album interview」

ムーディが深酒をやめる方向へ動いたきっかけを作ったのは、KORN のジョナサン・デイヴィスだった。ある夜ツアーバスに呼ばれ、お前にはもっと大きな存在になる機会があり、何百万人が聴いているのだから今こそ立て直すときだと言われたのだという。デイヴィスは彼の音楽とステージを気に入っているとも伝えたうえで、酒は断てと言った。ムーディは泣き出したと語っている。彼は KORN を聴いて育った世代である。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch: The Wrong Side Of Heaven album interview」

ムーディがリハビリ施設にいたあいだ、JUDAS PRIEST のロブ・ハルフォードは毎日電話をかけてきた。世界のどこにいようと、朝の4時半だろうと午後の4時半だろうと関係なかったとムーディは語る。ハルフォードは笑えるミームを送ってよこし、もし自分に息子がいたらムーディのような人間だっただろうと伝えた。以後、彼はムーディを「メタル・ゴッドソン」と呼ぶようになる。

出典: Louder(Metal Hammer)「Addiction, fights and intervention from the 'Metal Godfather'」

バンドはイラクとクウェートで米軍に向けて2度演奏している。滞在は3週間半で、そのあいだ酒は一切禁じられていた。当時よく飲んでいたムーディ、ジェレミー・スペンサー、ジェイソン・フックの3人にとって、これは互いを知り直し、身体から酒を抜く機会になったとムーディは述べている。自分たちがどう思うかに関わらず命を懸けている人々に会えたのは光栄だった、とも語っている。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch: The Wrong Side Of Heaven album interview」

ライヴ中に軍関係の客がステージへドッグタグを投げ入れることが重なり、バンドはそれを集め続けていた。2014年8月の取材でバソリーは、通常のバックドロップの代わりに、従軍した者・従軍中の者・戦死した者のドッグタグだけで背景幕を組み上げ、それを持ってツアーに出るつもりだと語っている。役目を終えて引退させる際には戦争博物館へ寄贈し、「英雄たちの壁」として長く残したいという構想も同時に述べられた。

出典: Loudwire(チャド・チルダーズ)ゾルタン・バソリー インタビュー

バソリーの活動は音楽と軍関係の外にも及んでいる。彼は2015年に VETPAW(Veterans Empowered to Protect African Wildlife)を知り、以降アフリカでの密猟対策パトロールに同行するなど関わりを深め、同団体のアドバイザリー・ボードに名を連ねている。VETPAW は元米海兵隊員のライアン・テイトが設立した団体で、アメリカの退役軍人が現地レンジャーによる象とサイの密猟対策を支援するものである。

出典: Loudwire(グレアム・ハートマン)ゾルタン・バソリー独占インタビュー

バソリーは母国ハンガリーでの初公演を意図的に先送りにしていた。ハンガリー人が誇れるものを持ち帰りたいという理由で、バンドがアリーナ級になるまで待ったのである。実現したのは2020年2月20日、ブダペストでのソールドアウト公演だった。

出典: Songfacts「Five Finger Death Punch Artistfacts」

2022年5月19日、フロリダのフェスティバル Welcome To Rockville に出演中、ムーディはステージのレーザー光線で目を負傷した。右目が真っ暗になり、網膜の裏側を焼いたと診断されたと本人は語っている。同年の取材時には眼帯をつけたままだった。

出典: Louder(Metal Hammer)「How Five Finger Death Punch were reborn with AfterLife」

2023年、ムーディのヘルニア手術の合併症により、バンドはヨーロッパの日程を落とした。6月8日の Download Festival もその一つである。同年の METALLICA の M72 ツアーでも複数公演を欠場しており、アムステルダムの初日ではNIGHTWISH のフロール・ヤンセンが代役に立った。ヘルニアは3箇所に発症しており、診察した医師は彼が歩いていること自体に驚いたとムーディは語っている。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch pull out of Download」

バソリーは『Call Of Duty: Modern Warfare II』と『Call Of Duty: Warzone』の2作に、Oz という名のゲーム内オペレーターとして登場している。2024年、バンドが北米ツアーのチケット売上から寄付した20万ドルのうち、彼が選んだ寄付先は Call Of Duty Endowment だった。退役軍人の就職を支援する団体で、彼とその団体との縁はまさにこのゲーム出演から生まれている。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH Donates $200,000 To Charities Championed By IVAN MOODY And ZOLTAN BATHORY」

バンドのマスコットは「ナックルヘッド」という。数多くのアルバム・ジャケットに大きく描かれてきたこの人物は、2022年に Funko Pop! のフィギュアにもなった。造形は北極迷彩のパンツ、片手だけのフィンガーレス・グローブ、白いタンクトップ、瞳の位置が赤い×印になった黒目、顔の一部を覆う赤い手形、FFDP の文字が入ったメリケンサックのベルト・バックル、そして口にくわえたメリケンサックと肩に担いだ野球バットである。

出典: Loudwire(ジョー・ディヴィータ)「Five Finger Death Punch's Mascot 'Knucklehead' Gets Its Own Funko Pop! Figure」

ジェレミー・スペンサーは2014年に自伝『Death Punch'd: Surviving Five Finger Death Punch's Metal Mayhem』を出し、ニューヨーク・タイムズの Celebrities 部門ベストセラー・リストでトップ10に入っている。本人によれば、数年前にリハビリ施設へ入り、退所したその日から治療的な訓練として自分の半生を書きはじめたのが発端だった。ツアーバスの中でも場所を選ばず、1日に1,000語から2,000語を書き続けているうちに、それが何か面白い形になっていったのだという。

出典: BLABBERMOUTH.NET「Drummer JEREMY SPENCER Exits FIVE FINGER DEATH PUNCH」

KNOTFEST JAPAN 2014 で FFDP が客を次々にステージへ上げたのは、ムーディの主導によるものだった。ジェイソン・フックによれば、観客をステージに上げるかどうかは基本的に彼が先導するもので、彼がそうしたければそうなる。客も自分たちも楽しめるのが理由だという。ライターやスマートフォンの灯りを掲げさせるあの場面も、同じく彼が好んでやることである。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(ジェイソン・フック)

その「The End」は、2025年11月22日付の Billboard Mainstream Rock Airplay チャートで2位から1位へ上がった。Billboard の集計ではバンドにとって通算17曲目の首位で、しかも13曲連続。この連続記録は1981年に始まった同チャートの歴史で最長だと同誌は報じている。あわせて BABYMETAL は、主演・客演を問わず日本のアクトとしてこのチャートの首位に立った初めての例となった。

出典: Billboard「Five Finger Death Punch & BABYMETAL Top Mainstream Rock Airplay」

この一連の記録の出発点は2012年である。バンドが Billboard の Mainstream Rock Airplay で初めて首位に立ったのは『American Capitalist』収録の「Coming Down」だった。

出典: Billboard「Five Finger Death Punch Extends Rock Chart No. 1 All-Time Record」

『F8』収録の「A Little Bit Off」は、2020年7月から Billboard の Hot Hard Rock Songs チャートで18週にわたって首位を守り続けた。この曲は同チャートが創設された2020年6月の第1回で2位につけており、翌月から首位に立ってそのまま居座ったことになる。

出典: Billboard Pro(ケヴィン・ラザフォード)Hot Hard Rock Songs レポート

2作目『War Is the Answer』は2009年10月10日付の Billboard 200 で最高7位を記録し、通算113週にわたってチャートに残った。

出典: Billboard ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ Billboard 200 チャート・ヒストリー

デビュー作『The Way of the Fist』の売れ方は、初速型とは正反対だった。Billboard 200 への初登場は2007年8月18日付だが、最高位107位に達したのはおよそ1年後、2008年8月30日付のチャートである。通算44週チャートインした。

出典: Billboard ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ Billboard 200 チャート・ヒストリー

2作目『War Is The Answer』以降、このバンドのスタジオ・アルバムは7作すべてが全米トップ10に入っている。しかも4作目『The Wrong Side Of Heaven And Righteous Side Of Hell, Volume 1』(2013年)から『Got Your Six』(2015年)までは3作続けて、当時のキャリア最高位である2位を記録した。

出典: BARKS(全米アルバム・チャート記事)

9作目『AfterLife』は全米アルバム・チャートに初登場10位で入り、バンドにとって8作目の全米トップ10ヒットとなった。

出典: BARKS(全米アルバム・チャート記事)

ベーシストのクリス・ケイルは、ケンタッキー州から名誉称号「ケンタッキー・カーネル」を授与されている。2021年7月4日に本人が Instagram で認証書を公開して報告した。ケンタッキー出身の子供にとってこれ以上ない栄誉だ、というのが彼の言い分である。同じ称号はボブ・ディラン、ポール・マッカートニー、ロバート・プラント、デイヴ・ムステインらも持っており、その1か月前には JUDAS PRIEST のロブ・ハルフォードが受けたばかりだった。

出典: BARKS「ファイヴ・フィンガー・デス・パンチのクリス・ケール、ケンタッキー・カーネルに」

バソリーの格闘技は趣味の域を超えている。2021年3月にブラジリアン柔術の黒帯へ昇格し、同年6月末の American National IBJJF Jiu-Jitsu Championship では銀メダルを2つ獲得した。

出典: BARKS(クリス・ケール関連記事内のゾルタン・バソリーの項)

2013年の Volume 1 は、このバンドで最もゲストの多い一枚になった。JUDAS PRIEST のロブ・ハルフォード、SOULFLY のマックス・カヴァレラ、HATEBREED のジェイミー・ジャスタ、IN THIS MOMENT のマリア・ブリンク、そして LL・クール・Jのカヴァーに参加したラッパーのテック・ナインという顔ぶれである。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH: 'The Wrong Side Of Heaven' Vol. 1 Cover; New Song Snippet Unveiled」

『F8』の制作は2018年11月、ラスベガス中心部から車で20分ほどのところにあるケヴィン・チャーコのスタジオ The Hideout で始まった。そのロビーには、喫煙や銃器についての通常の注意書きに並んで「ロケットランチャー持ち込み禁止」という掲示が出ている。バソリーが不発化されたロケットランチャーをセッションに持ち込んだあとで貼られたものだという。

出典: Louder(Metal Hammer)「Addiction, fights and intervention from the 'Metal Godfather'」

このバンドの曲作りには決まった順序がある。まず音を作る。その音そのものが何らかの雰囲気を持ち、何らかの情景を描くところまで持っていく。全員が納得したところでムーディに渡され、彼はまず「これを書いたとき何を考えていたのか」を訊いてから、その答えを土台にして詞を書く。

出典: Guitar World「'And Justice For None': Zoltan Bathory Discusses Five Finger Death Punch's Latest Album」

『And Justice for None』の「Fake」は、後から足された曲である。アルバム全体を見渡したときに、初期の自分たちらしい重くて怒った曲が無いと気づいたバソリーとジェレミー・スペンサーが、昔の音で録りはじめたのが発端だった。当時バンドはレーベルと言い争いの最中で、ムーディはすでに本気で腹を立てた状態でスタジオに入っている。その怒りは演技ではなかった、とバソリーは述べている。

出典: Guitar World「'And Justice For None': Zoltan Bathory Discusses Five Finger Death Punch's Latest Album」

「Far From Home」は1年以上まわされ続けた曲だった。初期版を録音してみたものの、どうしても噛み合わない。曲にはそういうことが起きるとバソリーは言う――最初は確信が持てず、そのうち特別なものに育っていく。プロデューサーのケヴィン・チャーコがこれを聴いて手を入れるよう促し、構成を組み替えてストリングスを足したことで、ようやく形になった。

出典: Songfacts「Far From Home by Five Finger Death Punch」

ジェイソン・フックは『Got Your Six』のギター・ソロを、自宅に新しく作ったスタジオ「the Leopard's Nest」でひとりで録った。作業は前年10月から始まり、半年余りそこに籠もっていたという。彼にとってソロは常に最後に仕上がる工程で、自分にとって正しいものになっているかを確かめながら独りで録るのだと語っている。

出典: BLABBERMOUTH.NET(ジェイソン・フック『Got Your Six』インタビュー)

アルバムの表題曲は、危うく収録されないところだった。当初のコーラスがまったく別物で、全員が物足りないと感じており、フック自身も外していいと考えていたという。メンバーが同じ部屋に座り込んで頭を掻きながら作り直したところ、ようやく曲に命が入ったのだと彼は語っている。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(ジェイソン・フック)

『Got Your Six』で最初に完成したのは3曲目の「Wash It All Away」だった。もともとは2〜3曲だけ作るつもりで2014年8月にスタジオへ入り、そこで3曲が仕上がって勢いがつき、2015年1月に入り直して残りを作っている。この時期に着手しなければ、次にレコーディングできるのは2017年になってしまう――というのが動き出した理由だった。

出典: 激ロック/FIVE FINGER DEATH PUNCH インタビュー(ジェイソン・フック)

『AfterLife』は、そもそもアルバムを作る予定から始まった作品ではない。『F8』を出したばかりでツアーもできない状態がパンデミックで延び、それならデビュー作『The Way of the Fist』を録り直そうという話になった。ところが新曲を2〜3曲書いた時点で、これは特別だ、この流れを止めるべきではないという判断になり、そのまま新作へ転じたのだという。

出典: Louder(Metal Hammer)『AfterLife』インタビュー

『AfterLife』では、収録曲すべてにミュージック・ビデオを撮り、台詞も加えて一本の映画に編集する作業が進められていた。コンセプト・アルバムを作るつもりは無かった――どの曲もそれ自体で立っているし、創作ではなくムーディが実際に経験したことだから――が、全体を見渡すと歌詞とムードが繋がって一つの流れになっていたのだという。

出典: Louder(Metal Hammer)「How Five Finger Death Punch were reborn with AfterLife」

『American Capitalist』で最もバラードに近い「Remember Everything」は、バンドの主要ソングライターが作った曲ではない。ジェイソン・フックがドラマーのジェレミー・スペンサーと組んで書いたもので、理由をフックは、バソリーはバラードを書く人ではないからと説明している。二人はそれをバソリーに聴かせ、そこから全員で仕上げた。

出典: Songfacts「Remember Everything by Five Finger Death Punch」

ファンに人気のあった「Remember Everything」のアコースティック版は、現在は演奏されない。歌詞が自分の家族との個人的な問題を扱っているため、あの瞬間を繰り返し追体験するのは自分を壊す、とムーディがジェイソン・フックとバソリーに直接申し出たからである。同じ時期に「Ashes」「Way Of The Fist」「The Devil's Own」もセットから外された。

出典: Louder(Metal Hammer)「Addiction, fights and intervention from the 'Metal Godfather'」

同じ題名について、フックはバソリーとは違う説明をしている。彼にとってこれは政治的な主張ではない。自分たちは極めて意欲の強い5人であり、資本主義とは、そのときどきの自分の状況を最大限に活かそうとすることだ――機会を好み、それをより大きく良いものへ変えていく姿勢を指すのだという。彼にとっては前向きな語であり、自分たちは戦う人間で、すべてを欲しがるのだと述べている。

異説あり出典: Loudwire ジェイソン・フック インタビュー

Bad Company のカヴァーでは、歌詞にいくつか手が入っている。中でも目を引くのは原曲の "six gun sound is our claim to fame" の書き換えで、"six gun" が "death punch" に置き換わり、バンド名そのものが歌詞の中に入り込んでいる。

出典: Songfacts「Bad Company by Five Finger Death Punch」

そのカヴァーが米軍への献辞という性格を帯びたのは、ミュージック・ビデオによってである。2010年にイラク駐留の米兵に向けて行った一連の公演の映像が使われた。ムーディはライヴでもこの曲を兵士に捧げることが多い。

出典: Songfacts「Bad Company by Five Finger Death Punch」

表題曲「AfterLife」は Billboard の Mainstream Rock Airplay で8作連続の1位となり、同チャートの連続首位記録を塗り替えた。それまでの記録は DISTURBED と SHINEDOWN が並んで持っていた7作連続だった。

出典: Songfacts「AfterLife by Five Finger Death Punch」

ジェイソン・フックの離脱は2020年10月に公になった。噂が広まったきっかけは、バンドが Instagram のフォロワー100万人を記念して公開した写真にアンディ・ジェイムズが写っていたことである。ジェイムズはその年、フックが胆嚢の手術から回復するあいだの欧州ツアーで代役を務め、『A Decade of Destruction, Volume 2』の未発表曲「Broken World」にも参加していた。バンドの説明によれば、フック自身の提案により、負担の重いバンドの職務から完全に退くのが最善だという合意に全員が至ったという。

出典: Louder(Metal Hammer)「Five Finger Death Punch part ways with Jason Hook」

2006年、バソリーは当時デンバーに住んでいたムーディをロサンゼルスへ呼び寄せてオーディションを行った。彼が後年語っているところによれば、航空券は自分が用意し、そのうえで帰りの便をキャンセルしている。ムーディがそれに気づいたときには、すでに7曲を録り終えていたという。

出典: Louder(Metal Hammer)「'You're a control freak': Five Finger Death Punch's Ivan Moody and Zoltan Bathory square off」

ハンガリー時代のバソリーには、そもそも楽器を手に入れる手立てが無かった。彼が最初のギターを作った方法はこうである。中古で見つけた壊れかけのギターからネックと金具を外し、ボディにあたる部分は実家のコーヒーテーブルから B.C. Rich のウォーロック型に切り出して、両者をボルトで留めた。本人は12歳ごろの出来事だとしており、出来上がったものはまともに弾ける代物ではなかったという。

出典: Guitar World「Five Finger Death Punch's Zoltan Bathory and new recruit Andy James on new beginnings and shred in the era of Covid」

デビュー作がどこで録られたかについて、バソリーは一貫して自宅だったと語っている。ただし部屋の呼び方は揺れていて、寝室と言った回もあれば居間と言った回もあり、本人の証言だけでは部屋までは特定できない。どの版でも筋は同じで、ヴォーカルなど一部の録音には正規のスタジオを使い、残りは自宅で仕上げた。ミックスとマスタリングは元 MACHINE HEAD のローガン・メイダーが手がけている。

異説あり出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH's ZOLTAN BATHORY Clears Up 'Massive Misconception' About His Band」

『Got Your Six』は軍隊の言い回しである。時計の文字盤に見立てて位置を伝える言い方で、6時の方向は真後ろにあたるため、「背中は任せろ」を意味する。考案したのはバソリーで、退役軍人支援や基地公演を通じて軍関係のファンとのあいだで日常的に交わされていた言葉であったこと、そして本作がちょうど通算6作目だったことの両方が決め手になったと、彼とムーディの双方が語っている。なお日本で受けた取材では、ジェイソン・フックがこれを "Got your fix" のもじりだと説明しており、こちらは英語圏の出典には見当たらない。

異説あり出典: BLABBERMOUTH.NET(ゾルタン・バソリー『Got Your Six』インタビュー)

10作目『Legacy』は、このバンドで久々にケヴィン・チャーコの名前が無い作品である。レーベルが配信各社へ届けたクレジット上、プロデュースはバンド自身と WZRD BLD――ドリュー・ファルクの名義――の連名で、ミックスとマスタリングも WZRD BLD が担当している。チャーコは2009年の『War Is the Answer』から2022年の『AfterLife』まで全スタジオ作でプロデューサーにクレジットされていた。ただし「チャーコ以外の初」ではない。2007年のデビュー作は彼が関わる前の作品で、プロデューサー欄にはジェレミー・スペンサーとゾルタン・バソリーの名が載っている。

出典: Qobuz『Legacy』作品ページ(レーベルが配信各社へ届けたクレジット)

アンディ・ジェイムズがこのバンドのステージに初めて立ったのは2020年2月4日のハンブルク公演である。療養に入ったジェイソン・フックの代役として、ヨーロッパ・ツアーの残りを引き継ぐ形だった。本人によれば、ごく短い準備期間で約17曲を頭に入れることになり、ロサンゼルスからイギリスへ渡る機内でも曲をさらい続けていたという。ふだん7弦を弾く彼にとっては、6弦のバリトン・チューニングを使うこのバンドの曲を移調しながら覚える作業でもあった。

出典: Guitar World(ジョー・ボッソ)ゾルタン・バソリー/アンディ・ジェイムズ インタビュー

歌詞を誰が書いているかについて、バソリーは2018年の日本での取材で具体的な数字を出している。まず曲を完成させ、それをムーディに渡して詞を書いてもらうのが手順で、歌詞の8割は彼によるものだという。ただし他のメンバーが案を出すことも歓迎されており、『And Justice For None』では「Sham Pain」にジェレミー・スペンサーの案が入り、作曲クレジットにはメンバー全員の名前が載っている。

出典: BARKS「【インタビュー】ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ、大反撃を開始」(文:山崎智之)

『F8』の制作期間については食い違う記述が出回っているが、出典にあたるとこうなる。バンド自身は2019年5月9日に「スタジオ初日」と題した映像を公式チャンネルへ上げ、8月23日までセッションの様子を投稿し続けた。一方 Metal Hammer の取材記事は、このアルバムに向けた最初の作業が2018年11月に同じスタジオで始まっていたと記し、取材当日の時点で14曲が録り終わり、全体の8割ほどが出来ており、ムーディのヴォーカル録音は2日前に終わったばかりだったと伝えている。

出典: Metal Hammer(スティーヴ・アップルフォード)「How Five Finger Death Punch came back from near destruction with F8」(Internet Archive 保存版)

デビュー作のジャケットに並ぶギタリストのうち、ダレル・ロバーツはその録音には参加していない。彼の加入が発表されたのは2006年7月20日で、その時点で『The Way Of The Fist』はすでに録り終わっており、バンドは各レーベルとリリース交渉中で発売日も決まっていなかった。バンド自身も2009年の声明で、ロバーツはアルバム録音後に加入したので方向性も音も変わらない、と述べている。

出典: BraveWords「Former W.A.S.P. Guitarist Darrell Roberts Joins Five Finger Death Punch」

そのロバーツの前任にあたるのが、最初のギタリスト、ケイレブ・ビンガムである。彼が結成間もない FFDP の席を得たのは2005年で、きっかけは自身のバンド ASCENSION の初期デモをロサンゼルスのサンセット・ストリップで配り歩いたことだった。バンドを離れたあとも ASCENSION 名義で書き続け、2010年から2014年まではスウェーデンのデス・メタル・バンド ZONARIA に在籍している。

出典: BLABBERMOUTH.NET(ケイレブ・ビンガム関連記事)

2009年1月20日、バンドはダレル・ロバーツとの決別とジェイソン・フックの加入を公式に確認した。声明の言い分は率直なものだった。18か月に及ぶ塹壕生活、絶え間ないツアー、共同生活を経て、変化が必要だという結論に全員が至った――そしてそれはバンドとロバーツ双方の合意だった、というのである。

出典: BLABBERMOUTH.NET「FIVE FINGER DEATH PUNCH Confirms Split With Guitarist; Announces Replacement」

オリジナル・ベーシストのマット・スネルとバンドが袂を分かったのは2010年12月だが、その離脱が公表されたのは2011年4月だった。4か月の空白がある。バソリーは離脱の理由について、メンバー同士で結んだ契約がそれを語ることを禁じていると説明している。契約は常にメンバーを守るためのもので、相手の今後のキャリアを傷つけることは一言も言えないと一字一句書かれている、というのが彼の言い分だった。後任のクリス・ケイルの加入が発表されたのは2011年6月21日である。

出典: BLABBERMOUTH.NET(マット・スネル関連記事)

デビュー作を出した Firm Music は、レコード会社というより、タレント・マネジメント会社 The Firm の一部門だった。2作目以降を出した Prospect Park も含め、いずれもジェフ・クワティネッツが率いた会社である。彼は1997年に The Firm を創業し、その11年後に離れて、のちに Prospect Park の代表になった。バンドが長く「所属バンドは自分たちだけ、従業員は3〜4人」と語ってきたレーベルとは、この系列のことである。

出典: BLABBERMOUTH.NET(『The Way of the Fist』のレーベルに触れた記事)

『And Justice For None』を2年遅らせた訴訟の中身はこうである。2016年4月21日、Prospect Park はロサンゼルス郡上位裁判所に契約違反でバンドを提訴した。争点は、レーベルの同意なく新作の制作に入ったことと、ベスト盤用の新曲2曲の納品を拒んだこと。前提となる2012年12月の4作契約には、直前作の発売から9か月が経つまで新作の録音を始めてはならないという条項があり、『Got Your Six』が2015年9月4日付でチャート入りしていたため、2016年6月4日までは録音できない計算になるという主張だった。2017年4月にはバンドが逆提訴して契約からの解放を求め、約18か月を経た同年10月に和解している。

出典: Billboard「Five Finger Death Punch Sued by Label」

2025年に代表曲を全面的に録り直したのは、旧レーベル Prospect Park が最初の7作のマスター音源を売却していたからである。バンドはマスターの50%を保有していたが「管理権」は持っておらず、売却を事前に知らされてもいなかった。バソリーがそれを知ったのは2024年、20年を祝う企画を練りはじめた時期だった。買い手として名前が挙がっているのは、独立系の音楽出版社 Spirit Music Group である。

出典: Los Angeles Times(『Best Of』と再録音をめぐる記事)

ステージへの復帰と断酒の開始は同じ日ではない。ムーディが自ら断酒の起点として挙げているのは3月8日で、2021年3月の投稿で3年目としているから2018年3月8日にあたる。2017年8月の復帰からおよそ半年あとである。本人は、最後の一度が定着するまでにリハビリ施設へ5回入ったことも認めている。

出典: Loudwire(アイヴァン・ムーディの断酒3年についての記事)